一方、女房装束に身をやつし、市女笠で顔をかくして三井寺へ落ちて行く高倉宮は、高倉小路を北にとり、更に近衛大路を東に進んだ。月を映してさわやかに流れる賀茂川を渡れば、もう如意にょい山である。追われる身の宮は踏みなれぬ夜の山路をひたすら急いだ。
御殿育ちの身である。宮の足は何時しか血にまみれ、立ち止まって一息つけば、足下の砂は紅に染まった。夏草の露は宮の裾すそをぬらした。疲労にもつれる足は一層重くなったが、心をはげましては山路をひたすら急いだ。宮が目指す三井寺へ到着したのは、暁方、東の空すでんみ白み、高い樹木の梢には朝陽がさしていた。夜を徹しての山路歩きで、宮の顔はやつれ果てていた。
「この寺の衆徒を頼みに、参ったぞ」
という宮の言葉は、多くの寺の中から、この寺だけが選ばれたという感動を三井寺の衆徒に与えた。喜んだ寺側はただちに法輪院に御所をしつらえ、心身ともに疲れた宮に食事を差しあげたのであった。
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