駕籠が二挺ちょう。
歳三としぞうと七里研之助を乗せて、名月の大路を、東へ駈かけ去った。
月は沖天ちゅうてんにある。
決闘には都合のいい月夜なのだ。少し欠けているようだが、幸い、天に雲がな。町々のいらか・・・が、銀色に燻いぶっている。
駕籠が駈け去ったあと、この越後屋町の「与兵衛」の店に、浪士風の男が三人、のっそり現れた。
七里研之助が集めた浪人である。むろん、七里としめし合わせての行動だった。
「親爺おやじ。いまの加護、行く先はどこだ」
「存じまへんな」
親爺は、ぶあいそうに答えた。
「知らん?」
「へい。うちは酒一本、甘酒一椀わん売っただけで、行くさきまで知りまへんどす」
京者は、ものやわらかいとはかぎらない。偏屈者になると、酢でもこんにゃくでも食えない手合いがいる。
きらっ、と一人が刀を抜いた。
おどしではない。眼が血走っていた。町々で天誅てんちゅう騒ぎを起こしている連中だから、本気で斬きるつもりだろう。
親爺は、これには閉口した。
「ああ、二条河原どす」
「間違いないな」
「おまへん」
「うそとわかれば、戻って来て叩たたっ斬るがよいか」
「へへ。与兵衛は、うそまで売りまへんどすさけ、安心してお行きやす」
京弁の口悪さというものほど憎態にくていなものはない。
浪人の一人が、与兵衛親爺に飛びかかってなぐり倒した。
(あっ、おンどれ奴ァ)
与兵衛はかっとなった。若い頃、ばくちも打ち、牢ろうにも入り、目明しの手先もつとめたこともある男だ。
表へ駈け出したが、その時は浪人の姿はもうなかった。
与兵衛も昔とった杵柄きねづかで、人体にんていはわかる。先刻の客が、どうやら新選組、それも京の浪士どもを震え上がらせている土方歳三だと見抜いていた。
(あの浪人ども、押し包んで土方さんを斬る計略だな)
見て知らぬ顔、というのが京かたぎだし、与兵衛親爺もそのつもりでいたのだが、こうなっては腹の虫が承知しない。
花昌町かしょうまちの新選組屯所とんしょへ駈け出した。しかし道のりは半里ほどあるだろう。
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