~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
大 暗 転 (一)
いやもう、大騒ぎである、天下は。
慶応三年十一月十八日、油小路で脱盟の巨魁きょかい伊東甲子太郎を斬ってからこっち、近藤は様子がおかしくなった。度をうしなったのであろう。
   大政奉還
   徳川慶喜は、将軍職返上を朝廷に申し出ている。
天下はどうなるのか。
「近藤さん、男はこういう時に落着くものだ。時流に動かされていろうろするもんじゃねえ」
歳三は怒鳴りつけるように言ったが、近藤はきりきり舞い・・・・・・、といった毎日だった。
毎日隊士団を連れ、京の諸所ほうぼうを走りまわえり、二条城に行っては幕府の大目付永井玄番頭げんばのかみに会い、黒谷くろだにの会津藩本陣へ走っては情報を聞き、あげくのはては、勤王系(といってもやや幕府への同派)の土佐藩邸にまで出かけて、参政後藤象二郎しょうじろうに会い、
「長州は蛤御門はまぐりごもんノ変で京を騒がした。しかも反省はしておらぬ。あれは貴殿どう思われる」
と、もうどうにもならぬ時代遅れの議論を吹っかけたりして後藤を閉口させた。
実を言えば討幕の密勅はすでに薩長に下っているのである。
 
この日、後藤象二郎は訪れて来た近藤を一喝いっかつした。
「いままさに国難の時だ。日本は統一国家を樹立して外国にあたるべき時である。大政奉還後は、皇国一心協力、国内を整頓せいとんし、三百年の旧弊をあらため、外国と堂々ものを言えるような国にならねばならぬ。長州がどうのこうのと言っておる時勢ではない。そんなことで国内が内輪もめをしておる間に、外国に国をられるであろう。今日より、志士たる者は心魂をそこにすえるべきだ。どうです、近藤先生」
「なるほど、志士たる者は。・・・・」
と言ったきり、「勇、黙然、一言モ発セズシテ去レリ」。もっともこれは後藤側の記録だから、近藤の姿がばかにしょんぼりと描いてあるが、おおかた、こんなものであったであろう。
2024/03/25
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