新八は、西へ走った。
走ったが、両替町一丁目付近にいた幕軍第七連隊の一部がいなくなっている。
新八はさらに西へ走り、新町四丁目へ出た。
(いない)
ここに第七連隊が密集していたはずだ。
(どこへ行きやがったか)
と、新八は狂気のように南へ駈けた。やっと伏見松林院御陵の東角で、第七連隊の最後尾に食いついた。
「そのほうども」
と、永倉新八は血相を変えた。永倉は「大御番組」で歴れつきとした旗本である。
「歩兵」などと言っても、もともとは江戸、大坂で公募したあぶれ者、中間ちゅうげん、火消といった連中だから、永倉が威猛高いたけだかになるのは当然なことだ。
「ど、どこへ行くんだ」
「知らねえよ。大将が逃げろ、というから逃げるだけさ」
と、歩兵の一人がそっぽを向いた。永倉はそいつの横っ面つらを力まかせになぐった。
── あっ。
と、ぶっ倒れたが、根が「兵隊」を志願したというようなあぶれ者である。
「な、なにをしやがる」
と起きあがって、銃をさかさに持ち、永倉に打ってかかった。永倉は体たいをかわしざま高蹴たかげりに蹴り倒し、
「新選組の永倉新八を知らんか」
と、どなった。
みな、あっとどよめいた。
そこへ歩兵指図役(幕臣・士官)が駈けつけて来て、
「な、なにか無礼を働きましたか」
と、蒼あおくなっている。
永倉はそいつの頬ほおげたもぶんなぐり、
「無礼もくそもあるか。第七連隊はどこへ行くと聞いているのだ」
と、言った。
「た、たいきゃく」
「退却?」
豊前守ぶぜんのかみ様(松平正質まさただ・幕軍総督)の御命令です。高瀬川の弥左衛門橋のむこう(横大路村)まで退却します」
「新選組はきとらんぞ」
「それは足下のご勝手でしょう」
「なにっ」
「われわれは命令で動いている。新選組がどうkどうとまでは知らぬ」
ぱっと新八、剣を抜いた。
指図役は逃げた。
偶然、その時、新町九丁目あたりにいた長州軍が南下してきて一斉いっせい射撃を加えた。
足もとに土煙があがった。
幕府歩兵は算をみだして逃げた。
「ちっ」
永倉は、敵の方向へ走った。
軒々を伝い走りに走り、民家を駆け抜けなどいして、やっと新選組の屯集とんしゅう所地点にもどった。
「土方さん、歩兵やつは遁にげやがったよ」
「ほう」
と、顔色も変えずに感心したのは、土方の横にいた会津藩隊長の佐川官兵衛である。
「逃げましたか」
ひとごとのようだ。右眼を砲弾の破片でやられ、半顔に白布をぐるりと巻き、真赤に血をにじませている。齢三十八。
|