夜更けとともに、部屋が凍えるように寒くなってきた。
はじめ、二人は床を寄せた。ついで、掛け布団をふたえ・・・にし、一ツ床で臥ねてから、やっと落ちついた。
「はずかしい」
と、最初、お雪はいやがった。素肌すはだのまま臥るこおを、である。
「お雪どの、私は」
と、歳三は生真面目に言った。
「あなたを、尊敬してきた。私は母の顔を記憶せずに育った末っ子で、姉のおのぶに育てられてきたようなものだが、あなたにはその面影おもかげがあった。そのことが、私があなたに引き寄せられた理由だったのだが、同時にどこか昵なじめなくもあった。しかし知り合うことが深くなるにつれて、お雪どのはこの地上のたれにも似ていない、私にとってたったひとりの女人にょにんであることがわかってきた。── 私は」
歳三は、いつになく多弁になっている。
「私は、こう ──、どちらかといえば、いやなやつ、いやどう云いえばいいかな、そう、いつの場合でも人に自分の本音ほんねを聞かさないようなところのある人間だったように思う。過去に女も知っている。しかし、男女の痴態というものを知らない」
「・・・そ、それを」
お雪は、武家育ちでかつて武家の妻だったことのある女なのだ。眼を見張った。
「わたくしにせよ、とおっしゃるのでございますか」
「頼みます」
歳三は、語調を変えずに言った。
「私は三十四になる。この年になって、男女の痴態というものを知らない」
「雪も存じませぬ」
「それは」
歳三は、ぐっとつまった。
「そうだが。── しかし、お雪どの、私はそんなことを言っていない。私は、なにも男女の愛の極は、痴戯狂態であるとは思っておらぬ。だが私は、お雪どのと、なにもかも忘れて裸の男と女になってみたい」
「わたくしには、できそうにありませんけれど」
「二夜ふたよある」
「ええ、二夜も」
「五十年連れ添おうとも、ただの二夜であろうとも、契ちぎりの深さにかわりはないと思いたい。ふた夜のうちには、きっと」
歳三は、言葉をとめた。しばらく黙ってから、
「私は、どうやら恥ずかしいことを言っているようだ。よそう」
と言った。
「いいえ」
今度は、お雪がかぶりをふった。
「雪は、たった今から乱心します」
「乱心?」
「ええ」
「そんな」
歳三は、くすっ、と笑った。
やはり武家育ちはあらそえないものらいい。
「お笑いになりましたね」
お雪も、そのくせ忍び笑いを洩もらしてしまったいる。
「こまったな」
「困りましたわ。覚悟して、ただたまから乱心いたします、と申し上げても、雪は雪でございますもの」
とは言ったものの、お雪は、自分が思わず洩らした忍び笑いによって、心のどこかがパチリと弾はじけてしまったことに気づいていた。
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