「雪は出来そうでございます。でも行燈の灯を消して下さらなければ」
「点つけておく」
「なぜ?」
「痴戯狂態にならない」
「闇の中ならばお雪は変わって差しあげるというのに、それでは何もなりませぬ」
「点けておく」
「いやでございます」
いうまに、というより、そういうやりとりを楽しんでいる間に、お雪は腰帯を解かれ、長襦袢ながじゅばんからかいなをぬかれ、ゆもじ・・・をとられた。
「そもじ・・・、と呼ぶよ」
と、歳三はお雪の耳もとでささやいた。
お雪はうなずいた。
やがて唇を、かすかに開いた。
「なにか申したか」
「だんなさま」
とお雪はささやき返した。
「そう申しあげたかっただけ」
「もう一度、言ってくれ」
「聞きたい?」
お雪は、いたずらっぽく笑った。
「私はひとり身で過ごして来たので」
と、歳三は言った。
「しかし少年のころから、いつかはそういう言葉で自分を呼ばれたいと夢想そてきた。お雪どのは、かつて呼んだことがあるかも知れないが」
「皮肉でございますか」
歳三は、今夜ほど、お雪の亡夫に対してはげしく嫉妬しっとしたことはなかった。
「本気で言っている」
「だんなさま」
「たれのことだ」
「歳三さまのほかに、たれがいますか」
「この体の中に」
と、歳三は、触れた。
お雪はあわてて手の甲を唇にあてた。
声が洩れそうになったのである。
「いる」
「・・・・」
「今夜は、それを揉んで消し去ってしまいたい」
半刻はんときほど経たった。
風が出てきたらしく、雨戸がはげしく揺れはじめた。
寒い。
が、お雪は気づかなかった。
あと、半刻たってから、やっとお雪は、
「風が出はじめたようでございますね」
と、おそろしげに言った。
「先刻から出ている」
歳三は、おかしそうに含み笑いをお雪に向けた。
「お雪は、気づかなかったのだろうか」
「いいえ」
お雪は、わざとふくれていた。
「先刻から存じておりましたわ。それがどうかなさいましたか」
「いや、なんでもない」
歳三はしかめっつらにもどった。
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