~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
流 山 屯 集 (五)
その数日後、近藤は江戸にいた。歳三は流山へ走って、屯営の準備をした。
近藤は、幕府の倉庫から集められるだけの銃器を集め、浅草弾左衛門の手で人夫を募って荷駄にだ隊を組んでどんどん流山へ送った。
今度も、金が出た。二千両であっる。
これには近藤は感激した。徳川家が自分達に対してもっている期待と感謝の大きさを感じたのである。
(やらねばならん)
と思った。
旧隊士も、医学所に近藤がいることを聞き伝えて、何人かがやって来た。かつての三番隊組長で、剣は新選組屈指といわれた斎藤一。
平隊士で大坂浪人野村利三郎。
近藤、歳三と同郷でしかも土方家の遠縁にあたる松本捨助。
これらが、
「流山で旗上げですか」
と🅼を目をかがやかせた。
隊旗も用意した。赤地のラシャに「誠」の一字を白で抜いたものだが、鳥羽伏見の硝煙でひどくよごれている。
「そいつは行李こうりにしまったおけ」
と近藤は言った。このさき、官軍に新選組であることを明示するのは得策ではなかった。
「いや、てましょう」
と斎藤は言った。士気が違う。威武もちがう。江戸の府外の一角に新選組の旗が翻るのは、関東男子の壮気をかきたてるものではないか。
「いやいや、しまっておけ」
三日目に、出発した。近藤は馬上、口取は京都以来の忠助である。黒染めで死んだ久吉から二代目の馬丁であった。
千住大橋を渡れば、もう武州ではない。下総の野がひろがっている。
ほどなく松戸の宿しゅく
幕府は開創以来、ここをもって水戸街道の押さえの要衝としたもので、御番を置いてある。宿場も、江戸の消費地をひかえた近郊聚落しゅうらくだから、人口は五千、繁華なものである。
近藤がこの宿に入ると、いつどこで知ったのか、松戸の宿場役人をはじめ土地の者が五十人ばかり、宿場の入口で迎えてくれた。
旅籠はたごで昼食をとると、流山の方からもぞくぞくと迎えの人数がやって来て、たちまち二百人ほどの人数が、土間、軒下、街道にあふれた。
無論、流山に先着している歳三の手配てくばりによるものだが、にぎやかなことの好きな近藤は、すっかり元気を取り戻した。
「流山は近いかね」
と、そこから来ている連中に聞くと、
「いえもう、ほんのそこでございます。屯営では内藤先生(歳三の変名)がお待ちかねでございます」
土民だが、みな元気がいい。歳三がよほどあおったのだろう。
2024/05/08
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