早暁、向島を出発。
泥濘の道を行軍して、市川(現千葉県市川市)へ向かった。市川には、他の旧藩士、会津藩士、桑名藩士らが屯集しているはずであり、これと合流する手はずになっていた。
市川の渡し場に来た時、旧幕士小笠原新太郎が舟を準備して迎えに来ていた。
船中、小笠原はひどく意気込んで、大鳥の耳もとで、
「新選組の土方歳三殿も来ています」
と言った。
「ほう」
大鳥は言ったが、つとめて無表情を装よそおっている風情であった。
小笠原は気づかない。
「かの仁、拙者は遠くから見かけただけですが、さすが、京都の乱、鳥羽伏見といった幾多の剣光弾雨の中をくぐって来ているだけに、眼のくばり、物腰、ただ者でないものがあるようです」
「・・・・」
大鳥は、歳三に好意を持っていなかった。
些細ささいなことで感情がこじれた。歳三が、流山から江戸に戻って来た時、実をいうと城内に居た旧幕臣は一様に、
── また戻って来たか。
と思った。
旧幕臣の中でも、とくに勝海舟、大久保一翁らは恭順開城派だっただけに、新選組が江戸城内に居ることは、官軍との平和交渉に支障があるとして最も好まなかった。だからこそ、甲州出撃、流山屯集に、多額の軍資金を渡して来たのである。
脱走交戦派も、多くは様式幕軍の将校だっただけに、この剣客団とは肌合はだあいがちがう。新選組は京都であまりにも多くの人を斬きりすぎた。殺人嗜好しこう者のような、一種の不気味さがある。
歳三が城中に帰って来た時、大鳥はごく礼儀的に、
── 近藤さんが捕らえられたそうですな。気の毒なことをしました。
と、歳三に言った。
歳三は、ぎょろりと大鳥を見たきり、黙っていた。
大鳥は、むっとした。むっとしたが、妙な威圧感を覚えていた。
歳三は、城中でも近藤のことを語りたがらなかった。長い間、一心同体で文字通り共に風雲の中を切り抜けて来た盟友の、あまりにも無残な末路を思うと、それを話題に他人に語る気がしなかったのであろう。
大鳥にはそういうことはわからない。
(いやなやつだ)
と思った。
船中、──
小笠原新太郎には、さらあにそいういう大鳥の感情はわかtらない。
「歩兵の連中などは、あれが新選組の鬼土方か、というので、ひどく人気がありますよ。かの人の参加で、士気があがっています。やはり、当節の英雄というべきでしょう」
「あれは剣術屋だよ」
大鳥は、吐き捨てた。その語気に小笠原新太郎はびっくりして大鳥を見、沈黙した。
実を言うと、市川屯集の幕士の間で、大鳥を将とすべきか、土方を将とすべきか、多少の話題になっていたのだ。いずれにしても大鳥が土方に好感を持っていないとすれば、これはゆくゆく問題を引き起こすかも知れぬ、と思った。 |