市川の宿場に入ると、江戸脱走の幕士、諸藩の士、歩兵などの千余人が旅籠、寺院を占領していて、非常な騒がしさだった。
大鳥圭介は、引率して来た部隊に昼食を命じ、自分は隊を離れ、小笠原新太郎に案内されて、一寺院に入った。
「これが、本営です」
と小笠原が言った。
本堂に入ると、むっと人いきれhがした。ずらりと主だった者が、須弥壇しゅみだんを背にして、身分の順に坐っている。
この一座で、もとも身分が高いのは、大御番組頭土方歳三である。
紋服を着、むっつりと上座に坐って、余人とは別な雰囲気を作っていた。談笑にも立ち混じっていない。
一座の顔ぶれは、
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幕 臣 |
土方歳三、吉沢勇四郎、小菅辰之助、山瀬司馬、天野電四郎、鈴木藩之助 |
会津藩士 |
垣沢勇記、天沢清之進、秋月登之助、松井某、工藤某 |
桑名藩士 |
立見鑑三郎、杉浦秀人、馬場三九郎 |
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である。
幕臣大野電四郎は大鳥とは旧知で、
「ああ、待っていました。どうぞ」
と、大鳥を、土方歳三の上座に据えようとした。やや格式が上だから当然なことだが、大鳥は礼儀として、尻しりごみの風をみせた。
歳三は、大鳥を見た。
「どうぞ」
と、低く言った。引き込まれるように大鳥は、示された座に坐った。坐ってから、歳三に指図不快さを感じた。
軍議になった。
宇都宮へ進撃することは、すでに既定方針として決まっている。
「大鳥さん」
と、天野電四郎が言った。
「いま市川に集まっているのは、大手前大隊七百人、第七連隊三百五十人、桑名藩士二百人、土工兵二百人、それにあなたが率いて来た兵を含めると二千人余りになります。それに砲が「二門」
「砲がありますか」
大鳥が関心を示したのは、彼は主として仏式砲兵科を学んだからである。
「とにかく、官軍の東山道総督麾下きかの兵力と人数においては大差がありません。しかしながら、これを統率する人物がいない」
「土方氏がいる」
大鳥は、心にもないことを言った。が、横で当の歳三は、無愛想に黙ってる。
「その案も出ました。この中で実戦を指揮した経験者は土方氏だけですから。しかし土方氏はかたく辞退される」
「どういうわけです」
「私は」
歳三は、にがっぽく言った。
「伏見で敗まけている」
「いや、あれは幕軍全体が、敗けたのです。あなただけが敗けたのではない」
「様式銃砲に敗けた、と申している。それを学ばれた大鳥さんこそ、この軍を統率するべきでしょう」
「お言葉だが」
と、大鳥は一座を見まわした。
「私は戦場に出たことがない。これが資格を欠く第一。つぎに、大手前大隊は私が指導したからよく知っている。しかし他の諸隊、諸士についてはまったく知らない。だから総指揮はことわる」
「いや、もうあなたが来られる前に、ここであなたを推そうと一決したのだ。こう言っている間にも時刻は過ぎる。承知して貰もらいたい」
と、大野電四郎が言った。
やむなく、というかたちで、大鳥圭介はうけた。
歳三は副将格となり、洋式軍隊以外の刀槍とうそう兵を率いることになった。むろん、銃は一人一挺ずつ渡っている。
行軍序列が決まり、早速、宇都宮に向かって進軍を開始した。 |
2024/05/16
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