下野の小山で、歳三は、おかしな偵察報告を聞いた。
(ほう、人の世には巡り合わせということがあえるらしいな)
歳三は、宿場の東郊での戦闘が終わった後、総帥そうすいの大鳥圭介のいる本陣をめざし、宿場の中央道路をゆっくりと歩いている。
ここから七里北方の宇都宮城にいる官軍部隊というのは、流山で近藤を逮捕したあの部隊だというのだ。
指揮官は薩人有馬藤太、水戸人香川敬三。
この二人には恨みがある。
兵は三百。
(料理してやるかな)
野戦で堂々と復讐ふくしゅうしてやろうと思った。
第一、この喧嘩けんか好きの男も、まだ一軍を率いて城攻めをしたことがない。
小山宿の黒っぽい土を踏みながら、歳三は沸き起こって来る昂奮こうふんを押さえ切れない。
本陣についた。わらじ・・・のまま上がり込んだ。
大鳥も、奥の一室でわらじのままあぐらをかいている。
真青まっさおな顔で、地図に見入っている。歳三が入って来たことに気づかない。
大鳥は、旧幕臣の中でも西洋通として第一人者であり、軍事学の知識を高く買われていた。
が、それはいずれも翻訳知識で、実戦の能力では未知の男であった。
もとより秀才である。秀才で物識ものしりである以上、武将としての能力があると買いかぶられていた。が、実のところは。将才はない。歳三は喧嘩師としてのカンで、それを見抜いている。
── 今後、どうしようか。
と、大鳥は、途方に暮れていた。なるほどいままでの小戦闘では連戦連勝だが、この後、どうすればよいか。
「大鳥さん」
と、歳三は見おろしていた。
ぎょっと眼をあげた。
「私ですよ」
敵じゃない。
大鳥は、顔を赤くした。が、歳三の闖入に対して不快な色を浮かべた。
「なんのご用です」
と、ことさらに慇懃に大鳥は言った。
「つぎは宇都宮城を攻めればいい」
と、歳三は大鳥の迷いを見抜いているかのように断定した。
「宇都宮城?」
ばかな、という顔を大鳥はした。名だたる大城である。西洋兵術で」いえば要塞攻撃になる。西洋では要塞攻撃といえば、日本人から見れば過大なと思うほどの準備をしてかかるものだ。
「むりですよ」
憫笑びんしょうした。この新選組の親玉に何がわかるか、という肚はらである。
歳三にも、おの洋学屋の言葉のうらの感情がありありとわかる。
が、歳三には、剣電弾雨の中で鍛えぬいてきたという自負がある。
(戦には学問噫は要らない。古来、名将と言われた人物に学問があったか。将の器量才能は学んで得られるものではなく、生まれつきのものだ。おれにはそれがある)
歳三には、大鳥の学問に対して劣等感があるのだが、それだけに自分の能力に対する自負心が強くなっている。
「むり?」
歳三は言った。
「では、あなたは次はどこを攻めるのです」
「ここを」
と大鳥は地図上の上で、ちょうど小山から北西二里半の地点を指で突いた。そこは、
壬生
である。壬生には四方三町ばかりの小さな城塁があり、鳥居丹後守三万石の城下である。すでにすでに少数の官軍が入っている。が、なにぶんの小城だから、ひとひねりに潰せるはずだ。
「この壬生を通過する。先方から仕かけて来れば戦闘するが、さもなければ一路日光へ行く」
日光へ行く、という最終目標は、すでに軍議で決まっているところである。
歳三はそれを良案としていた。日光東照宮を城郭として、日光山塊の天嶮てんけんに拠よって北関東に蟠踞ばんきょすれば、官軍も容易に攻められないだろう。そこで官軍を悩ますうち、薩長に不満を持つ天下の諸侯がともに立ちあがるに違いない。建武の中興における楠木正成の戦略上の役割を、この軍は果そうというのであっる。日光は徳川の千早城になるであろう。
「まあ、壬生はいい。しかし宇都宮城を捨てておいては将来、禍根を残しますぞ」
「・・・・・」
歳三はさらに言った。
「宇都宮は、兵法でいう衢地くちである。奥州街道、日光例幣使街道をはじめ、多くの街道がこのに集まり、ここから出ている。他日、官軍が日光を攻める場合、この宇都宮に大兵を容れて兵を出すでしょう。この城は取っておかねばならない」
「貴殿は簡単に申されるが」
と大鳥は鉛筆で地図を叩きながら、
「万が一城を奪ったとしてもです。あれだけの城を守るのには千人の兵が要る。守る時のことを考えると、宇都宮にさわる気がしない」
「とにかく、奪取すればいいのだ。北関東の重鎮が陥落したといえば、いま日和見ひよりみをしている天下の諸侯に与える影響は大きいはずです」
「私はとらない」
「なるほど」
歳三は、苦笑した。こういう答えは、はじめから予想している。
「兵三百に、いま鹵獲ろかくした砲二門を借りようか」
と歳三は言った。
「たったそれだけで陥おとせる、とおっしゃるのか」
「陥とせる」
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