~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
城 攻 め (三)
一方、本隊を率いる大鳥のもとに、壬生藩から使者が来て、
── 当城に官軍の人数が入っております。もし城下をご通過になれば戦いは必至、われわれ徳川譜代の家としては板挟みになり去就に迷います。それに城下が戦場になっては庶人が迷惑しますので、日光に向かわれるならば、栃木をお通り下さいませんか。道案内をつけます。
と口上を述べたので、おれに従い、栃木とちぎ迂回うかいし、悪路を北上して鹿沼へ向かった。
栃木から鹿沼へは五里半、鹿沼から日光へは六里余である
宇都宮城では、この大鳥部隊の行動を見て、
「さては当城を避けたか」
と、香川は手をたんばかりにして喜んだ。
それが四月十九日である。
そころがその日の午後、にあwかに城の東南に砲車をいた軽兵三百が現れて、有馬、香川を狼狽ろうばいさせた。
有馬はすぐ、城の東方に彦根兵一小隊を出した。

歳三は、その奇襲兵の先頭にあった。
城東の野に彦根兵が現れるや、すぐ兵を散開させ射撃しつつ躍進させた。
歳三は、平然と馬上にいる。その馬側に、「東照大権現だいごんげん」と大書した隊旗がはためいていた。
「おりさっしゃい、おりさっしゃい」
と秋月が、田のあぜに身をひそめながらさかんに声をかけた。
「・・・・・」
と歳三は、微笑してかぶりを振った。自分には弾が当たらない、という信仰しんこうがある。
事実、弾は遮蔽物しゃへいぶつから遮蔽物へ走ってはち走っては射ちして、近づいて行く。
彼我ひが、五十間の距離になった。
歳三は馬上、
「射撃、やめろ。駈けろ」
とどなった、どっと桑名兵、伝習、回天の諸隊が駈け出した。
歳三はどの先頭を駈けたが、途中、馬が鼻づらを射抜かれて転倒した。
と同時にとびおり、退却しようとする彦根兵の中に駈け入った。
った。
斬りまくったと言っていい。そのうち味方がどっと駈け込んで来た。
敵は逃げた。
追尾しつつ、城の東南の雑木、竹の密生地に入り、そこへ砲をえさせ、城の東門に向って砲撃させた。
門扉もんぴを砕くんだ」
と、歳三は言った。
三発射った。その三発目が、東門に命中し、戸をくだいて炸裂さくれつした。
その間、桑名兵の一部を走らせて城下の各所に放火させ、さらに伝習隊には大手門の正面から射撃させ、自分は主力を率いて、空濠からぼりにとびおり、弾丸の下を一気に駈けて、東門の前にとりついた。
ちなみに宇都宮城は、徳川初期の有名な宇都宮騒動ために幕府に遠慮し、郭内には建物らしい建物はない。
つまるところ、門の守りさえ破れば、郭内えの戦闘は容易であった。
「門に突っ込め、突っ込め」
と歳三は怒号した。
門の脇には彦根兵がむらがり、旧式のゲーベル銃を射撃してくる。
こちらはミニエー銃で射ち返しつつ、迫った。
ついに、敵味方十歩の距離となり、数分間そのままの距離で双方はげしく射撃しあった。
歳三は、ごうをにやした。
新選組華やかなりしころなら、このくらいの距離にまで来て、互に距離を大事にしあっているということはなかった。
歳三のそばに、かつての新選組副長助勤斎藤一ほか六人の旧同志がいる。
「鉄砲、やめろ、鉄砲を ──」
と味方をどなりつけて射撃を止めさせ、
「新選組、進めっ」
わめいて、門内へ突っ込んだ。
斎藤一、歳三のそばをするすると駈けぬけるや、やりをふるって出て来た彦根兵の手もとにゆけ入り、上段から真二つに斬り下げた。
わっと、血煙が立ったときは、歳三の和泉守兼定が弧をえがいてその背後からとび出した一人を脳天から斬り下げていた。
── 新選組がいる!
彦根兵は、戦慄せんりつした。
どっと門内に逃げ込んだ。
その時、背後の疎林そりんから射撃している歳三の砲兵の一弾が、城内の火薬庫に命中した。
わずかに火災がおこった。やがて大音響とともに爆発した。
歳三らは、城内を駈けまわった。
「官軍参謀を探すんだ、参謀を」
歳三は、全身に返り血を浴びながら叫んだ。彼らを捕らえて流山のあだを討つ。
近藤の安否を調べる、── この城攻めは、歳三にとってその二つの目的しかない。
歳三は、城内を探しまわった。とこどき逃げ遅れた城兵が飛び出して来て打ちかかって来たが、そのつど無残むざんな結果に終わった。
相手は、この洋式戎服じゅうふくの男が、まさかかつての新選組副長土方歳三とは知らない。
郭内での戦闘は、日没に及んでも止まなかった。
敵も執拗しつように戦った。
歳三は、左手に松明たいまつ、右手に大剣をかざして、敵を求めた。
夜八時過ぎ、敵は自軍の死体を遺して郭内から北へ退却し、城北の明神山にある寺に集結しようとした。
敵の退却がはじまったろきに歳三は、新選組旧同志を率いて、退却兵の松明の群れの中にまっしぐらに駈け入った。
退却兵の中から、二、三十発の銃声がはじけ、弾が夜気をきって飛んで来た。
なお突進した。
その時、すざまじい気合が、歳三の鼻さきでおこった。
避けた。
斬りおろした。
たしかに手ごたえがあった。が、敵の影はたおれず、そのまま敗走兵の中にまぎれ入った。
それが、有馬藤太dったらしい。
敏三の剣は、有馬の胸筋を斬り裂いていたようである。
が、かすった。有馬は一命をとりとめ、担送されて横浜の病院で加療し、のち回復した。

大鳥はその翌日、宇都宮の西方三里の鹿沼まで進出して、はるかに城にあがる火煙を見て、落城を知った。
(あの男が。──)
ひそかに舌を巻いた。
2024/05/27
Next