~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
艦 隊 北 上 (四)
「どうも」
と歳三は、妙に照れながら椅子いすをすすめ、卓子テーブルに向い合った。
榎本は腰をおろしたが、この男もどこか落ちつかない。
互に異邦人といっていいほど経歴がちがうのだ。
「船酔いは、されませんか」
と、榎本は話題がみつからないまま、当たり障りのないことを言った。
歳三は、黙って微笑し、すぐこの男独特の不愛想な顔に戻った。
榎本は、
「土方さんは、軍艦ははじめてでしょう」
と言った。
「いや、大坂から江戸へ戻る時富士山艦に乗っています。あのときは少し」
「酔うのは当然です」
榎本は、そのあと、京の新選組の頃のことを聞いた。
歳三は、
往事茫々おうじぼうぼうです」
と言ったきりで、多くを語らず、ただ近藤のことを二、三話し、
「英雄というべき男でした」
と言った。
榎本はうなずいた。
ヨーロッパやアメリカの軍陣、貴族にはああいう感じの男がたくさんいる。日本は武士の国だというが、少なくとも江戸の旗本には剛毅ごうきさの点において、ヨーロッパ人に劣る者がほとんどです。私は新選組を思うとき、いつも新興国のプロシアの軍人を思い出す。似ています」
「そうですか」
歳三には、見当もつかない。
「土方さん、考えてもみなさい。欧米を洋夷ようい々々というが、彼らのうち商人でさえ、この開陽の半分ほどの船に乗って万里の波濤はとうを越え、生死をけて日本に商売にやって来ている。馬鹿にしたものじゃない」
ついで榎本は函館(箱館)について語った。
2024/06/06
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