~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
宮 古 湾 海 戦 (四)
回天は、闇の洋上で、刺客のようにひそんでいる。
その夜、艦長甲賀源吾は、備砲のすべてに砲弾を装填そうてんさせた。
そのあと歳三は、陸兵、乗組員を真暗闇の後甲板に集め、何度も繰り返してきた接舷襲撃の方法をさらに繰り返して説明した。
「敵甲板へは一斉いっせいに躍り込む。ばらばらと飛び込んでは討ち取られるばかりだ」
部署は、五隊にわかれている。
もっとも攻撃の妙味を発揮するのは、坅門隊あなもんたいである。
この隊は甲板上のとびらという扉をぜんぶ閉めてしまい、それを守り、下の船室で眠っている乗組員を缶詰にして甲板上に出さないようにしてしまうのである。うまくゆけばこれだけで艦はまることこちらのものになる。
甲板上にはわずかな敵兵は居るでありおう。それは二隊で始末する。
あとの隊は、甲鉄艦が甲板上に持っている、もっともおそるべき火器を占拠するのが任務であった。
敵艦をつ艦砲のほかに、敵の甲板掃射のための野戦速射砲ガットリング・ガンという新兵器が車台に積んで乗せられているのである。
これは六つの砲口をもつ砲で、砲尾の機械を運転すると、ニール銃弾のちょうど二倍の大きさの小砲弾が、一分間に百八十発も飛び出すというものであった。
「これを押さえればこちらの勝だ」
と歳三は言った。
そのあと、船室で全員の酒宴になった。
満天の星がすさまじい光でかがやき、海は、死んだように静まっている。
2024/06/23
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