~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
襲 撃 (三)
歳三は落ちた。
飛び起きるなり、銃を逆手にもって打ち掛かって来た敵兵の左胴を真二つに斬りあげてたおした。
ついで、眼をあげた。マストの下で新選組の野村利三郎が、五、六人に囲まれて苦戦しているのを見た。歳三は長靴ガタガタといわせながら大股おおまたで駈け、跳躍するなり、背後から一人を袈裟けさに切って落とし、狼狽する敵の頸部けいぶを狙い、一せん、二閃、すばやく二人を斬り倒した。
さすがに玄人くろうとである。
三人を倒す間、二分もかからなかった。
「野村君、右肩をどうした」
と、歳三はゆっくりと近づいた。残る二人の敵は、気をのまれたように突っ立っている。
鉄砲弾てっぽうだまです」
息が苦しいのか、真青まっさおになっていた。歳三は、野村を担ごうとした。その時飛弾が野村の頭を撃ち抜き、どっと歳三の上におりかぶさった。
(だめか)
見ると、通気筒のそばに、一番乗りの大塚波次郎が、全身、はちの巣のようにちぬかれて斃れている。
甲板上には、すでに襲撃隊数十人が戦っており、どの男も、敵の白刃と戦うより銃弾に追われていた。
唯一ゆいつの戦法であった甲鉄艦の出入口の閉鎖が、接舷法のまずさのために果すことが出来ず、甲鉄艦の乗員は全員武器をとっ甲板上にあがってしまっていた。
(喧嘩は負けだ。引き揚げるか)
と歳三は兵をまとめようとした時、回天艦橋上の甲賀源吾は、なおもあきらめなかった。舷側の砲群を、轟発ごうはつさせた。
ぐわあん
ぐわあん
と十発、甲鉄艦の横っ腹に打ち込んだ。が、むなしかった。
たどん・・・を投げたように鉄板に当たっていたずらに弾がくだけるだけであった。
歳三はその衝撃で何度もころんだ。
(あの人は若い)
三度目に起きあがろうとした時、頭上を数十発の銃弾が、同時に飛びすぎて行った。
回天の全員がおそれていた敵の機関砲ガットリング・ガンがすさまじい連続音を撒き散らしながら稼働かどうしはじめたのである。
そこ、擲弾てきだんが歳三の前後左右に爆発しはじめた。
敵の擲弾もある。
回天艦上から投げつける味方擲弾もあり、その爆煙の中、歳三は夢中で人を斬った。
2024/06/26
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