五稜郭本営から函館の市街まで。一里ある。
歳三は仏式帽の目庇を深くかぶり、鐙ぶみを一字に踏んで鞍くらの内うちを立ち透すかかしつつ単騎馬を歩ませた。
(信じられぬことだ)
と思った。
友次郎のいうところでは、彼が沖田総司の病床を見舞ったとき、総司の口からお雪のことを聞いたという。
── ときどき、様子を見てやってほしい。
と、沖田はそうおうぐあいに、お雪のことこの友次郎に頼ん、ということである。
(総司め、妙なお節介をして死にやがった)
と、歳三は手綱たづなを下げつつ、雲を見上げた。
白銀のように輝いている。
沖田総司の笑顔が浮んだ。が、すぐ消えた。
この土地の自然は大まかすぎて、故人を思い出すのには、ふさわしくなかた。
市街地に入り、築島の鴻池屋敷の前で馬からおり、屋敷の小者に手綱をあずけた。
「かいば・・・をやってくれ」
小者はアイヌとの混血らしい。何を考えているのか、澄んだ大きな眼をもっていた。
友次郎は、歳三を玄関で迎えた。
「やはり、お出いでになりましたな」
・・・・歳三は、充血した眼で、友次郎を見た。
昨夜は眠れなかった様子が、顔に出ている。
「このことについて、口数を少なくしてくれ」
女中が、歳三を別館に案内した。外人を泊めるために建てたのか、ここだけは洋館二階建てになっている。
女中が去った、
歳三、窓ぎわに寄った。窓の外には、函館港が見えた。内外の汽船が錨いかりをおろしてい。
港口には敵艦の侵入を防ぐために縄なわがはりめぐらされており、回天、蟠竜、千代田形の三艦が入れ替わり立ち替わり運転して、港内をぐるぐ廻っていた。
歳三、背後に人の気配を感じた。窓の外を見つづけていた。
どういうわけか、素直振り向けないのである。
「お雪さん?」
と言おうとしたが、その声が、口をついて出た時は、まるで別の言葉になっていた。
「あれが弁天崎砲台さ。昼夜、砲兵が詰めている。あれが陥おちるとき、私の一生はおわるのだろう」
背後が、しん・・とした。
お雪の小さな心臓の音まで聞こえて来るようであった。
「来ては、いけなかったでしょうか」
「・・・・・」
歳三は、振り向いた。
まぎれもなくお雪がそこに居る。右眉みぎまゆの上に、糸くずほどの大きさで、火傷やけどの古いひきつり・・・・があった。
歳三、何度かその唇くちびるをあてた場所である。
それを見確かめた時、不覚にも歳三は、ぽろぽろ涙がこぼれた。
「お雪、来たのか」
抱きしめた。火傷のあとに、唇をあてた。
おお雪は、いやいや・・・・をした。以前もこれとそっくりなしぐさ・・・をお雪がしたのを、歳三は思い出した。
「つい、来てしまったのです。お約束をやぶって」
とお雪が言った。
「黙ってるんだ、しばらく。──」
と、歳三はお雪の唇に自分の唇を押しあてた。
お雪は、夢中で受けた。
いままで、二人がしたこともない愛撫あいぶである。
が、この外国の建造物と異人の多い町では、そういうしぐさ・・・になんの不自然も覚えなかった。
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