~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅶ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 燃 え よ 劍 ・下』 ==
著 者:司馬 遼太郎
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
五 稜 郭 (三)
官軍は大半がたおれ、長州出身の軍監駒井政五郎もこのとき戦死した。
が、他の戦線は潰滅総退却の現状にあり、五稜郭本営の榎本は、ついに戦線を縮小して、亀田の五稜郭と函館市街の防衛のみに作戦を極限しようとした。
(榎本は降伏する気だな)
と歳三が直感したのはこのときである。
なぜなら、二股放棄を勧告に来た伝令将校に生色がなかった。
その顔色で本営の空気を察することが出来た。
「ここは勝っている」
と、歳三は動かなかった。
が、伝令将校の口からおどろくべき戦況をきいた。
二股から函館への通路にあたる矢不来の陣地が敵の艦砲射撃で陥ちたという。もし官軍が入って来れば、土方軍は孤軍になる。
やむなく数日にわたって官軍を撃退しつづけてきた二股の陣地をくだり、歳三は亀田の五稜郭に帰営した。
「土方さん、よくやっていただいた」
と、榎本は城門で馬上の歳三を迎え、帰陣将士にもいちいち涙をためて目礼した。
榎本にはこういうところがあり、それが人徳となって一種の統率力にまでなっていた。
歳三も、近藤にはなかったそういう榎本の一面が嫌いではない。しかしこの場合、その涙は余計であった。士気に影響した。
みな予想していた以上の敗色を、榎本の涙でさとった。
さらに帰営して驚いたのは、大鳥が率いていた幕府歩兵が数百人脱走してしまっていたことである。
どうせ根は武士ではなく、江戸、大坂で搔き集めた町人どもで、いざ敗戦となれば根性がない。
が、その脱走の事実を知って、歳三の戦勝部隊にいる歩兵も動揺し、帰陣後十日ほどの間に百人は姿を消した。
それにさらに衝撃を与えたのは、函館政府軍のとらの子というべき軍艦が、つぎつぎとうしなわれたことである。すでに高雄がなく、千代田形艦が函館弁天沖で座礁ざしょうし、最大の戦力であった回天も函館港内の海戦中百五発の砲弾をうけて浅瀬に乗り上げ、無力化した。
残る蟠竜も、機関故障で機能を失い、榎本がもっとも頼みにしていた海軍は全滅した。この全滅が、榎本をはじめ海軍出身の幹部に与えた衝撃は大きく、彼らの意気銷沈しょうちんが全軍の士気を弱めた。
全滅は五月七日で、この時から官軍艦隊は全艦、函館港に入った。
五稜郭本営では、この海軍全滅の日、もっとも緊張した空気の中で軍議が開かれた。
「どうする」
というのである。
が、野戦陣地は潰されたとはいえ、五稜郭のほかに、函館港の弁天崎砲台、千代ケたい砲台はまだ健在であった。
籠城ろうじょうがよかろう」
という意見は、大鳥圭介である。
が、榎本も松平平太郎も、出戦論を主張した。
歳三は、相変わらず黙っていた。もはや、どうみても勝目はない。
「私は、どちらでもいい」
と、意味の通らぬことを言った。どちらにしても、負けることに決まっているのだ。
歳三は自分が死ぬことだけを考えるようになっていた。
函館政府がどう生き残るかという防衛論には興味を失ってしまっている。
「それでは意見にならぬ」
と大鳥が言った。
「すると大鳥さん、この軍議はどうすれば勝つ、という軍議なのか」
「当然なことだ。それが軍議ではないか。あなたは何を考えている」
「驚いている」
と歳三は言った。
「なにが?」
「勝てるつもりかね」
歳三は、生真面目きまじめな表情で言った。
「勝つつもりの軍議なら、事ここに至れば無駄なことだ。しかし戦さするだけの軍議なら私も思案がある」
「戦さは勝つためにするものではないか」
「まあ、続けていただく。私は聞き役にまわろう」
2024/07/05
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