歳三は、敵の頭上を飛びこえ飛びこえして片手斬りで左右に薙ぎ倒しつつ進んだ。
鬼としかいいようがない。
そこへ官軍の予備隊が駈けつけて左翼隊の崩れがかろうじて支えられるや、逆に五稜郭軍は崩れ立った。
これ以上は、進めない。
が、ただ一騎、歳三だけが行く。悠々なと硝煙の中を進んでいる。
それを諸隊が追おうとしたが、官軍の壁に押しまくられて一歩も進めない。
みな、茫然ぼうぜんと歳三の騎馬姿を見送った。五稜郭軍だけでなく、地に伏せて射撃している官軍の平氏も、自軍の中を悠然と通過して行く敵将の姿になにかしら気圧けおされる思いがして、たれも近づかず、銃口を向けることさえ忘れた。
歳三は、行く。
ついに函館市街のはしの栄国橋まで来た時、地蔵町のほうから駆け足で駈けつけて来た増援の長州部隊が、この見なれぬ仏式軍服の将官を見とがめ、士官が進み出て、
「いずれへ参られる」
と、問うた。
「参謀府へ行く」
歳三は、微笑すれば凄味があると言われたその二重瞼ふたえまぶたの眼を細めて言った。むろん、単騎斬り込むつもりであった。
「名は何と申される」
長州部隊の士官は、あるいは薩摩の新任参謀でもあるのかと思ったのである。
「名か」
歳三はちょっと考えた。しかし函館政府の陸軍奉行、とはどういうわけか名乗りたくなかった。
「新選組副長土方歳三」
と言った時、官軍は白昼に竜りゅうが蛇行だこうするのを見たほどに仰天した。
歳三は、駒こまを進めはじめた。
士官は兵を散開させ、射撃用意をさせた上で、なおも聞いた。
「参謀本部に参られるとはどういうご用件か、降伏の軍使ならば作法があるはず」
「降伏?」
歳三は馬の歩度をゆるめない。
「いま申したはずだ。新選組副長が参謀本部に用がありいとすれば、斬り込みに行くだけよ」
あっ、と全軍、射撃姿勢をとった。
歳三は馬腹を蹴ってその頭上を跳躍した。
が、馬が再び地上に足をつけた時、鞍くらの上の歳三の体はすさまじい音をたてて地上にころがっていた。
なおも怖おそれて、みな、近づかなかった。
が、歳三の黒い羅紗服が血で濡ぬれはじめた時、はじめて長州人たちはこの敵将が死体になっていることを知った。
歳三は、死んだ。
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