トリスバーの従業員の話によると、その二人は、この店にははじめての客だという。
それで、捜査本部ではトリスバーの従業員と、ちょうど、そこに来合わせていた客の会社員を本部に呼んで、くわしく事情を聴取することにした。
彼らの話によると、その被害者らしい男が連れの男とバーに入って来たのは、午後十一時半ごろである。それは三十分後に出る
目蒲
線の終電のことを、女事務員が気にしていたので、はっきりしているという。
その客二人の人相はよくわからない。一人は確かに頭が半分白かった。一人は、三十歳ぐらいだった。ところが、この若い方の年齢については、三十歳という者もあれば、四十歳ぐらいだという者もあり、もっとずっと若く見えたという者もいた。
捜査本部が、バーの従業員や、当時居合わせた客、それに、バーの外ですれ違ったギター弾きなどを証人として事情を聞いた時、全部が一致して言ったのは、被害者に東北弁の
訛
なま
りがあったことである。
これは、被害者の割り出しに躍起となっている捜査本部に、一つの手がかりを与えた。
「東方弁というのは、どうしてわかりましたか?」
係官は聞いた。
「年配の客が話していたのは、たしかにズーズー弁でした。話の内容は、はっきりとわかりませんが、言葉の調子がそんな具合でした。若いかたの言葉は標準語のようでしたが」
話の内容がわからないことは、証人たちの全部が同じだった。
ただ、バーの中では、従業員も客も、時おり、手洗いに行っている。
その二人が腰掛けた所は、トイレの入口の
扉
とびら
の横にあるボックスだった。だから、トイレに出入りするたびに、そのボックスのそばを通らなければならない。自然と話の断片が小耳に入ったのである。
「カメダは今も相変わらずでしょね?」
被害者の連れは、被害者にそう東北訛できいた、とバーの女給の一人が話した。
これは、すみ子だけでなく、もう一人の女給も小耳に
挟
はさ
んでいた。
つまり、その二人は、しきりと「カメダ」という名前を話題にしていたのである。
「カメダ」というのは何だろう。
係官の間には、これが異常な関心となった。彼らの話の中で具体的に名前が出たのは、これだけである。
「カメダは、二人の共通の友人の名前だろう」
と、推定の意見を出す係官がいた。だいたいこれは皆の賛成を得た。
つまり、被害者と加害者とは前からの知合いであり、最近、しばらく、この二人は会わなかった。それが偶然に、久しぶりに会ったため、つい、手近なバーに立ち寄った。そうして、その「カメダ」という友人の話が出たのであろう。
そうなると、半白頭の被害者の方が、最近「カメダ」という人物の会ったか、あるいは、交遊関係を持っていて、被害者の連れの方、つまり、若い方の男は「カメダ」にしばらく会っていない、という推測がなりたつのである。
だから、若い方の男は被害者に「カメダ」は今も相変わらずかと、消息を聞いたのであろう。
このように、それを重要な問題としたのは、被害者と連れだって、そのトリスバーに来ていた若い男の方が、犯人か、あるいは、その犯行に関係のある人物、と目されたからである。
そのほか、客が彼らの話から小耳に挟んだ片言は関係のある人物、と目されたからである。
そのほか、客が彼らの話から小耳に挟んだ片言は「なつかしい」とか「どうもその後は思うようでない」とか、「近ごろはようやくこの生活にもなれてきた」とかいった意味のものdせあった。これはおもに被害者の方のズーズー弁の発言で、その連れの男の言葉はほとんで聞かれなかった。
というのは、ひどく小さな声でぼそぼそと話していたからである。
それに、意識的にかどうか、そこの人がトイレに行くため、そばを通る時、なるべく顔を隠すようにしていた。
ただ、その男から聞いた
唯一
ゆいつ
の言葉は、女給が述べたように(カメダは今も相変わらずでしょうね?)というのだけだった。
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