(カメダは人名ではなかった)
彼は心で呟いた。
(今まで人名と思って探したのが間違いだった)
被害者とその連れとの言葉の中に出た「カメダ」が、もし地名だとすると、まさにぴったりと感じが合致するではないか。
(カメダは今も相変わらずでしょうね?)
と、確かに被害者の連れが言ったという。
この言葉が人名だと思っていたが、地名だとしたら、もっとその表現は適切になる。
つまり、カメダに変わりはないか、と言ったのは、ずっと前にそこに住んでいいた男が、その後の土地の様子をたずねた言葉なのだ。
「羽後亀田」は、正確にはどういう地名かわからない。地図の上で、秋田県であることは確かだし、羽越線で秋田から五つ目の駅に当たり、日本海岸に近い。
捜査本部に着いたのが十時過ぎだった。
「やあ、早いな」
同僚が彼の肩を叩たたいた。
「主任は来ているかい?」
捜査本部は所轄の蒲田署の一室が当てられていた。
「うん、いま来たばかりだよ」
廊下の立ち話である。今西は、
「蒲田操車場殺人事件捜査本部」
という長たらしい文字が書いてある貼紙はりがみのついた入口を入った。
真中の机に主任の黒崎警部が、報告書のようなものを見ていた。黒崎は、警視庁捜査一課一係長だが、今度の事件の捜査主任になっていた。
今西はその前にまっすぐ進んだ。
「お早うございます」
今西が挨拶あいさつすると、
「やあ」
と、黒崎は丸い肩にはまった猪首いくびを、ちょっとうなずいてみせただけだった。
「係長、例のカメダの一件ですが」
今西がそこまで言いかけると、
「なにかわかったのか?」
と、黒崎は顔を上げた。
黒崎は、頭の毛が少し縮れ、目が細く、顎あごが二重だった。胴体も大きい。その黒崎が、細い目をまたたいた。彼もメダカとなると神経質になっている。
「これは当たっているかどうかわかりませんが、例のカメダという名前なんですが」
今西は言いだした。
「あれは人の名前ではなく、ひょとすると、地名ではないでしょうか?」
「なに、地名? 土地の名前か?」
黒崎係長は今西をのぞき込んだ。
「はっきりとはわかりません。しかし、そういうような気もするのです」
「そんな地名が東北の方にあるのかい?」
「あります。今朝、実は見つけたんです」
黒崎は、ふうと、大きな息を吐いて、うなったような声を出した。
「気がつかなかったな、それは、・・・なるほど・・・そうか」
黒崎は何か考えながら、そう返事した。おそらく主任も、被害者の連れが言った言葉を考え合わせているのであろう。
「いったい、そのカメダはどこにあるんだい?」
急に緊張した顔になった。
「秋田県です」
「秋田県の何郡だい?」
「さあ、それはわかりませんが」
「いったい、どの辺なんだ?」
「秋田駅から五つ目で、鶴岡つるおか寄りにあります」
今西は述べた。
「駅名は『羽後亀田』というのです。ですから、その駅のあるところがカメダという土地に違いありません」
「おい、分県地図を持って来い」
主任はどなった。若い刑事の一人が部屋を飛び出して地図を借りに行った。
「しかし、よく、それに気づいたな」
借りに行った地図の来るのを待ちながら、主任は細い目をしてそう言った。
「はあ、なんとなく地図を見ていると、そんな駅名を見つけたんです」
「どうして、地図を見ていたのかね?」
「実は、女房にょうぼうがとっている婦人雑誌の付録を何気なしに眺めていたわけです」
今西は、少し照れ臭そうに言った。
「それは、いいところに気づいたね」
主任は褒めた。
「まだ、どっちだかわかりませんよ」
今西はあわてて言った。実際、自分のカンが当たっているかどうか、まだわからなかった。もし、当たっていれば、これほどの好運はない。
地図を借りに行った男が片手に畳んだ紙を持って、ひらひらさせながら戻もどって来た。
「秋田県の地図です」
主任は、さっそく、それをひろげた。
「今西君、どの辺かね?」
主任に言われて、今西は地図の上に顔を突っ込んだ。
「そっちからは逆だろう。わかりにくいからこっちから見ちゃまえ」
「はあ」
今西は、主任の横に回って並び、細かな字をのぞき込んだ。
|