今西が今朝見た名所案内地図は略図だから、はっきりした地形が出ていない。だから、この詳細な地図では、秋田に見当をつけて、それから羽越線で五つ目を探せばよかった。
今西は、まず秋田を見つけた。それに小指の先を当てて、羽越線沿いにずらせた。
「あ、これです」
今西は、その一点に指をつき立てた。
「どれどれ」
主任は、それをのぞいた。
「なるほど、羽後神田か。あるね」
黒崎主任は目をそれに近づけて見入っていた。
地図には、駅名の「羽後亀田」はあるが、「亀田」という地名は載っていない。すぐ横に、岩城という町がある。
「主任、駅名に、ちゃんと羽後亀田と出ているんですから、この付近に町か村か知りませんが、とにかく、そういう土地があると思いますね」
「そうだな」
主任はしばらく考えていたが、
「もう、いいよ」
と、今西を席に帰らせた。
主任が、もういいよ、と言ったわけは、やがて開かれた捜査会議でわかった。
黒崎主任は、みんなを集めて今西の発見した「羽後亀田」のことを説明した。
「そうですな。被害者が言った言葉を人名と考えるよりも、地名と考えた方がぴったりのようですね」
多数の意見がそれだった。みんなの目は、その席にいる今西の顔にちらちらと流れた。
「とにかく、所轄署にきいてみるとしよう。つまり、被害者の顔写真を先方に送って、この人物を知っている人間が、管内にいるかどうかを調べてもらうのだ」
主任はそう言った。
現地からの回答は、それから四日目にあった。それは、岩城署からの警察電話だった。
「こちらは、秋田県岩城署の捜査課長ですが」
先方は言った。その電話を取ったのは黒崎主任だった。
「捜査本部主任の黒崎です。どうも、わざわざ恐縮です」
「ご紹介の件ですが・・・」
「はあ」
黒崎は送授器を握って緊張した。
「何かわかりましたか?」
「当署で亀田付近の人についていろいろ調査したのですが、残念ですが、該当者はありません」
「ははあ」
黒崎は落胆した。
「例の送ってもらった写真を持ちまわり、いろいろ聞き込みをやったわけですが、亀田地区の居住者はだれも知らないと言っています」
「亀田というところは、どういうところですか?」
黒崎は聞いた。
「亀田地区の人口は、せいぜい三四千程度です。現在岩城町に含まれています。耕地が少ないですから、農業よりも干しうどんや織物などを生産しています。ですから、人口は年々減ってゆくようですがね。写真の主ぬしが、その亀田の出身者だったら、すぐわかる筈ですが、だれも見覚えがないと言っています」
「そうですか」
せっかく発見した羽後亀田も、これで捜査上から失格かと思われた。だが、次に聞こえた声は、がっかりしはじめた黒崎を少し立ち直らせた。
「該当者はありませんが、ちょっと妙なことが起こっています」
「ほう、妙なことといいますと?」
「照会をいただいたちょうど二日前です。ですから、今から約一週間ばかり前になりますが、見なれない人間がその亀田付近をうろついていた事実があります。この男は、亀田にあるたった一軒の宿屋にも泊まっています。日ごろ、そういう人間があまり入って来ないような土地なので、注意をひいたとみえ、こちらの署員がその話を聞いて帰りました」
それは耳よりな報告だった。
「それは、どんな男ですか?」
主任は送受器を握り直して聞いた。
「年齢が三十二三歳ぐらいです。一見、工員風の男だったそうです。何のために、その亀田に来たか目的がさっぱりつかめません。何かのご参考にと思って、それだけをお知らせしておきます」
「その男は、ただ、その村に現れたというだけで、何か変わったことはなかったのですか?」
「それは、変わったことはありません。別に事件を起こしたわけではないのです。ですが、今言いましたように、見たこともない他所者よそものが来たので、もしや、お尋ねの事件に関係があるのではないかと思って、お知らせしておくわけです」
「どうも、それはありがとう。そして、とくにその男に村民が注意を傾けたということはなかったのですか?」
「小さなことですが、そのような事実はないでもなかったのです」
岩城署からの捜査課長の電話はつづいた。
「まあ、普通のことかも知れませんが、刺激のない田舎では、その男の行動が妙に人目に映っていたことは事実です。電話で詳しくは言えませんが・・・」
先方の声はこちらへ捜査員を派遣しては、というように聞こえた。
「どうもありがとう。都合によっては、こちたからだれかを差し向けるかもわかりません。その節はよろしく願います」
「承知しました」
電話は、そこで切れた。
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