署長の説明に今西は反問した。
「干しうどん屋の前に彼が現れて、どうしたというんです?」
「いや、どうしたというわげではありません。ただ、そのうどん干し場の前にじっと立っていだというこどだげですが」
署長は苦笑して答えた。
「じっと立っていたというと?」
「そうです。それも何をするのでもなく、ただつくねんとニ十分ぐらい立って、干したうどんを眺めていだというのですがね」
「ははあ」
「その干しうどん屋の方では、あんまり、風采のよくない男が干し場の前に用もないのに立っているので、ちょっと気をつけでえだそうですがね。ですが格別のこどもなく、やがて、すうっと向ごうに行ったそうです。話というのはこれだけですよ。ですが、こういうこども一つ参考になりませんか」
「それは、大いになります」
今西は深くうばずいた。
「なるほど、いろいろなことがあるんですね。もちろん、その宿屋に泊まった男とうどんの見物人とは同一人物でしょうね?」
「同じ人物だと思います。それに、もう一つあるのですよ」
署長は何となく笑った。
「どういうことでしょう?」
「亀田の町には、川が流れています。衣川といいますがね。その川べりの土堤どてに今いった同じ人物と思われる男が、昼間、長くなって寝そべっていだそうです」
「ちょっと待ってください」
今西はさえぎった。
「それは宿屋の泊まった翌あくる日ですか、それとも?」
「翌る日ではありません。彼がその旅館に泊まるその日のことです。いま言ったように旅館に入ったのは夕方ですから、その日の昼ごろですね」
「わかりました。どうぞあとをお聞かせください」
「いや、これも、ただ、その男が川のふちに寝そべっていたということだけですがね。この辺はそんなのんびりした男はあまり居えないのです。土堤の上に道がありましてね。その道を歩いでいる土地の人間が、妙なとごろに昼寝している奴やつがあると考えだわげです。浮浪者のように思ったのですね」
「なるほど」
「そのこどでは、別に噂うわさにも何もならなかったのです。ただ聞き込みに署員が歩いているうちにその話が耳に入ったというわげです。何か変わったこどがながったかという聞き込みをはじめて、ああ、そんなこどがあったというので話してくれだだげです」
「そうしますと、その男は、昼間、草っぱらに寝ていたわけですね。その夜は旅館を十時過ぎに出て行って一時ごろに帰った・・・。ちょっと、これがおかしいとおうわけですな」
「というと?」
署長の方が今西の顔をのぞき込んだ。
「昼寝を土堤でして夜中に宿を出て行く。これは普通の人間ではなさそうですね?」
「ああ、あなたは泥棒どろぼうが何がを考えているわげですね。私もそれを考えだのですよ。しかし、その日を中心にして別にこの町に窃盗せっとうの被害はながったのですよ」
署長はつづけた。
「これが何か実害があれば、すぐに具体的なこどがその変な男に結びつぎますがね。何もないのだから、かえって得体えたいがつかめないのです」
「その男が、うろうろしたのは、その日、一日だけですか?」
今西は聞いた。
「そうです。その日だげです。今西さん、これは、ご照会の事件ど何か関係があるように思いませんか?」
「そうですね」
今西はにこにこしていた。
「どうも妙ですね。では、とにかくこれから私どもは少し歩いてみましょう」
「そうですか。では、だれか署員に案内させます」
「いや、それはけっこうです。ただ、場所を教えていただければ勝手に行きます。その方が都合がいいのです」
「そうですか」
署長は署員を呼んで、その朝日屋という旅籠や、干しうどん屋などの場所を説明させた。今西と吉村は礼を述べてそこを出た。 |