「しかし、日本のロケットはまだまだだめでしょうね」
という声が聞こえた。一行の中でもとくに若い感じの色白で眉の濃い青年である。
グレイの背広にネクタイはせず、黒のスポーツシャツの衿えりを出している。
この言葉は、新聞記者の一人に向かって言ったものらしい。
「何でしょうな?」
吉村がきいた。
「さあ」
今西も見当がつかなかった。社会的地位があるにしては、みんな年齢が若いのである。
そのうち、土地の者らしい二三人の若い女たちが、その四人の前に進と、何やら手帳のようなものを差し出した。すると、一人が万年筆を取り出し、それに何か書いてやった。
娘はおじぎをして次の男に回した。その男も万年筆で走り書きしや。サインを貰っていることがわかった。
「映画俳優でしょうか?」
やはり、その情景を見ている吉村が言った。
「さあ」
「しかし、映画俳優には、あんな顔はないし、しゃべっている内容がおかしいですね」
吉村は首をかしげていた。
「しかし、近ごろの新人俳優は、われわれにはよく顔がわからないからな。ニューフェイスが次々と製造されて出て来る。そういう点になると、娘さんの方が何でもよく知ってるんだな」
今西は感想を言った。
実際、今西の若い時とは、映画界の事情はずいぶん違って来ているようだ。彼の頭にあるスターというのは、今はほとんど映画に出なくなっている。
そのうち、一行は改札口を出て行った。それは下りの青森方面行きだった。今西たちには用のない汽車である。
新聞記者たちは、そこでおじぎをして、ぞろぞろ引き返した。
「きいてみましょうか?」
吉村が興味を起こして言った。
「よせよせ」
今西は一応止めた。
「しかし、どういう人種か、ちょっと知りたいですよ」
若いだけに、吉村には野次馬やじうま根性がある。彼はサインブックを持った若い女の方に近づいていった。
それから、彼は彼女に背を屈かがめて何やら聞いていた。若い女の方は少し顔を赤らめて、それに答えていた。
吉村はうなずいて、今西のところに引き返した。
「わかりましたよ」
彼は照れ臭そうに笑っていた。
「何だね?」
吉村が、サインをもらった若い女から聞いた話を、今西に伝えた。
「あの人たちは、やっぱり東京の文化人です。近ごろ、新聞や雑誌などによく出て来る“ヌーボー・グループ”のメンバーですよ」
「“ヌーボー・グループ”って何だい?」
今西は知らなかった。
「“新しき群れ”とでも言うのでしょうかね。進歩的な若い文化人ばかりで会を組織しているのです」
「へえ、“新しき群れ”か。ぼくらの若い時には“新しき村”というのがあったがね」
「ああ、武者小路むしゃのこうじさんのですね。これはこれはムラでなくてムレですよ」
「どういうムレだね?」
「いろんな人が集まっているんです。いわば進歩的な意見を持った若い世代の集まりと言った方がいいでしょうか。作曲家もいれば、学者もいるし、小説家、劇作家、音楽家、映画関係者、ジャーナリスト、詩人、いろいろですよ」
「へえ、君はよく知ってるんだね」
「これでも、新聞や雑誌は読んでいますからね」
吉村は、ちょっと照れたように言った。
「今の四人がそのメンバーかね?」
「そうなんです。今、女の子に聞きましたがね、あそこにいる黒いシャツを着たのが作曲家の和賀英良わがえいりょう、その隣が劇作家の武辺豊一郎たけべとよいちろう、評論家の関川重雄せきがわしげお、画家の片沢睦郎かたざわむつおといった連中ですよ」
今西は、その名前を聞いたが、彼も、そう言えばどこかでその名前を読んだような気がした。
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