西村栄太郎は目をさました。
窓のブラインドから薄い明りが洩れていた。西村は、それを少しあけた。外には、乳色の中に山が走っている。しかし、今までの山の相とは違っていた。時計を見ると、四時半だった。
かたわらの吉村はまだ眠っている。
西村は、どこだろうと思って、見つめた。しばらくすると、一つの駅が通り過ぎた。瞬間に「渋川しぶかわ」という駅名を読んだ。
今西が煙草をすっていると、隣の吉村が目をあけた。
「もう起きたんですか」
吉村�の目はまだ赤くなっていた。
「ぼくがもそもそしたものだから目が覚めたんだろう。悪かったね」
「いいえ、とんでもない」
吉村は目をこすって外をのぞいた。
「どこですか?」
「いま、渋川を過ぎたところだ」
「やれやれ、やっと帰れましたね」
「もっと寝ていたらどうだ」
「そうですね」
吉村は目を閉じたが、またあけた。
「もう眠れませんよ」
「東京が近くなったからかい?」
「そうでもありませんが」
吉村はポケッから煙草を取り出した。
二人は、しばらくぼんやりしていた。
列車は山から平野に駆け下った。外がいっそう明るくなった。
今西は、ブラインドをいっぱいにあけた。野良のらには早起きの農夫の姿が見える。
やがて、窓には人家が多くなり、大宮おおみやに着いた。
「吉村君、悪いが新聞を買ってきてくれないか」
今西は頼んだ。
「わかりました」
吉村は座席から立ちあがると、通路を走ってホームに降りた。
彼が戻もどって来るのと、列車が発車するのと、同時だった。吉村は、新聞を三とおり買って来た。
「やあ、すまないね」
今西は、すぐに社会面を開いた。
留守の間に、例の捜査がどう進展しているか、気にかかったのだ。新しい事実があらあれていないか、心配だった。
何もなかった。例の殺人事件のことは一行も書かれていない。
今西は、ほかの二つの新聞を開いた。それにもなかった。
吉村も同じ気持とみえて、社会面に目をさらしている。
「何も出ていませんね」
新聞をバサリと閉じて、吉村は言った。
「そうだね」
事件が出ていないとなると気は楽になった。今西は、第一面からゆっくりと読みはじめた。あたりの乗客のほとんどはもう起きていた。あと三十分すると上野着である。気の早い者は、荷物をまとめていた。
「吉村君、これだろう?」
と、今西が吉村の肘ひじを突っついて新聞を見せたのは、文化欄についている顔写真だった。
吉村がのぞくと「新時代の芸術について」という題で「関川重雄」の署名があった。
「あ、それですよ」
吉村はmのぞいて言った。
「本荘の駅で見かけた、あの四人の中にいた一人です」
「なるほど、そういえば顔が似てるね」
今西は写真をつくづく眺めながら言った。
「やっぱり、こういうところに書くところをみると、偉いんだね」
「現在、マスコミの一方の花形ですよ」
「ヌーボー・・・?」
「“ヌーボー・グループ”です」
「そうそう、こういう連中はみんなそうかい?」
「だいたいそうですね」
「こんも文章を読んでみても、ぼくにはのみこめないが、やっぱり頭がいいんだろうね」
「そうでしょうな」
吉村は、今西から渡された新聞を丹念に読みふけっている、
「おい、着いたよ」
列車は上野駅の構内に入っていた。吉村も窓をちらりと見て新聞をたたんだ。
「吉村君、万一ということがあるからね、バラバラに降りよう」
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