その日の午後、今西栄太郎は××新聞社の学芸部の村山記者に電話した。
電話をすると村山の方から新聞社に近い喫茶店に出て来るというのだった。今西はそこで彼と待ち合わせた。
村山記者は、頭の毛のもじゃもじゃした痩せぎすの男だった。
「あの女のことですか?」
村山は今西の話を聞いて笑った。
「あれは、確かに川野教授に話した通りですよ。ある本屋で川野さんに会ったので、つい、ぼくが経験したその話をしたんです。すると、先生ひどく喜びましてね。さっそく、週刊誌に書いたわけです。原稿料が入ったら、ぼくに奢ってくれるという約束でしたが、それが警視庁にひっかかるとは思いませんでした」
「いや、われわれの方では、行きづまった事件が、時々妙なことから解決することがあるのですよ。村山さんが川野教授にそれを話さなかったら、あの随筆は出来なかったでしょうし、私もある事実を知ることは出来なかったというわけです。あなたが川野先生に話されたことに感謝したいのです」
「いや、どうも」
と、村山は頭を掻いた。
「あれは川野先生が随筆に書かれた通りです。その女は甲府から乗り込んで塩山あたりから、その白い紙片を窓から撒きはじめたんです」
「人相は?」
今西は聞いた。
「そうですね。二十五ぐらいの小柄なかわいい顔をした女ですよ。あんまり、けばけばしい化粧はしていませんでしたがね。服装もアカぬけしていました」
「どんな服装でした?」
「そうですね。ぼくは女の子の服装のことはよくわかりませんが、普通の黒いスーツで、白いブラウスを着ていたようです」
「なるほど」
「スーツも、そう上等なものではありませんが、着こなしがいいというか、よく似合っていました。それから、黒いハンドバッグのほかに、青いズックのケースを持っていましたよ。あまり大きくないしゃれた型のです」
「いや、なかなか結構です。細かいですな」
今西は満足した。
「顔の方をもうちょっと言って下さい」
村山は目を半分閉じるようにしていたが、
「目の少し大きい、口もとのひきしまった顔です。そうですな、なかなか女の子の顔の描写はむずかいいですが、今の映画俳優でいうと、岡田茉莉子に似ているといった方が近いでしょうか」
今西はその女優の顔をよく知らなかったが、いずれあとで写真を見ることにした。
「その紙片を見たのは、川野先生が随筆に書かれた通りの場所ですか?」
「そうです。あれに間違いありません。ぼくは妙な事をするなァ、と思って見ていましたから」
「それは、いつごろですか?」
「ぼくが信州からの帰りですから、確か五月十九日だったと思います」
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