六時を過ぎていたが、陽はんだ明るかった。
駅までの帰路、ぼくの足取りは重たかった。それは姉も同じだったろう。姉の顔は険しかった。
姉もハンドバッグの中には長谷川の声が入ったボイスレコーダーがあったが、はたして姉がもう一度聞き直す気があるのかは疑問だった。
不快な対談だった。いや、対談などではない。長谷川が一方的に語っているだけだった。
彼は話せば話すほど、祖父に対する憎しみを思い返すようで、それをぼくらに対して露骨にぶつけてきた。その悪意と敵意に満ちた眼差しに、ぼくは圧倒された。
「いやな人だったな」
長谷川の家を出てかなり経ってから、ぼくは言った。
「彼は運命を恨んでるんだろうな。片腕をなくしたことで、自分の人生が奪われたと思っているのかも知れない。腕を失くしたことも祖父のせいにしているんだ」
姉はしばらく黙っていたが、ぽつりと言った。
「可哀相な人だわ」
ぼくは一瞬言葉を失った。
「戦争の話を初めて聞いた。聞いていて辛かった。あの人の気持もわかる気がする。きっと戦後も大変な苦労をしたのね」
ぼくは言い返さなかった。それどころか、姉の言葉を聞いて、辛辣な言い方をした自分を恥ずかしく思った。
二人は数時間前に歩いた同じ道を、しばらくの間黙って歩いた。
「でも、祖父の話は作り話とは思えなかったね」
ぼくの言葉に、姉は小さなため息をついた。
「そうね。だから」勇ましい人かと思っていたら、臆病者だったなんて ──。私は反戦思想の持主だから、もっと勇ましい人かと思っていたら、おじいさんには勇敢な兵士であってほしくないけど、それとは別にがっかりしたわ。健太郎もがっかりこない?」
僕は黙って頷いた。ぼくの心にも祖父が臆病者だったという台詞せりふはずっしりと残っていた。祖父は命大事に空を逃げ回っていた男だったのだ。その時、初めて「臆病者」という言葉は自分に向かって言われた言葉として受け止めていたことに気がついた。なぜならぼく自身がいつも逃げていたからだ。ぼくには祖父の血が流れていたのか。
もちろん、祖父が逃げていたのは「死」からで、ぼくとは全然違う。それでも祖父が戦闘機乗りの務めから逃げていたことは確かだ。
しかし、ぼくはいったい何から逃げているのだろうか ──。
「ああ。もうこの調査するのが辛くなってきたわ」
姉は誰に言うともなく呟くように言った。その気持はぼくも同じだった。
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