その日の夜。久しぶりに母と一緒に夕食を」食べた。
母は会計事務所を経営していたから、夜は遅く、一緒に食事することは稀だった。事務所は、もともと父と共同でやっていたのだが、十年前に父が病気で亡くなってからは、母が所長だった。
「お母さんはおじいちゃんのことは何も知らされていないの」
「おばあちゃんは、私には何も教えてくれなかった。もしかしたら、別に好きで一緒になった人じゃなかたのかも知れないわね。昔は見合いで一度しか会わないのに結婚したというケースはいくらでもあったから」
「好きだったのか聞いた?」
「十代の頃に、一度だけ聞いたことがある」
「おばあちゃんは、なんて言ってた?」
母は昔を思い出すような顔をした。
「なんて答えて欲しいのって言われたわ」
「それってどういう意味?」
「好きでなかったという意味で受け取ったけど ── でも、今から考えれば違うかも知れないね」
「好きだったのかな」
「さあ、仮に好きだったとしても、そんなことは言わなかったと思うわ。おばあちゃんは今のおじいちゃんを愛していたし」
ぼくは頷いた。たしかにぼくの記憶にある祖母はいつも祖父のことを考えている人だった。何かあると、すぐに「おじいちゃん」と甘えていた。祖父もそんな祖母を大切にしていた。実は祖母の方が祖父よりも年上だったのだが、そんなふうには見えなかった。だから、祖父と結婚する前に別の男性と結婚していたと聞かされた時は本当に驚いた。
「私の本当の父が母を愛していたかどうか、母も父を愛していたかどうかは、永遠の謎だと思う。でもね、私は父がどんな青年だったかは知りたいわ」
「青年?」
「そうよ。父が亡くなったのは二十六歳の時よ。今の健太郎と同じなのよ」
宮部久蔵の履歴を頭の中で繰った。そしてあらてめて、若くして亡くなったのだなと思った。
ぼくはあえて聞きにくいことを聞いた。
「もし、久蔵さんが評判のよくない人だったら?」
「そうなの?」
「いや、仮の話だよ。調査の段階で、知りたくないような話が出てきたらとしたらという仮定の話だよ」
「難しいわね」
母は少し考えて言った。
「子供たちに物語が残らなかったという人は、その方が良かったからかも知れないって気がするわね」
母の言葉はぼくを少し暗い気持にした。
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