~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
真 珠 湾 (六)
余談ですが、ドイツはイギリスを攻め陥すことはついに出来ませんでした。ドイツに海軍力がなかったからですが、そのための爆撃機でイギリスを攻めました。いわゆる「ばとる・オブ・ブリテン」です。連日のようにドイツ軍爆撃機がドーバー海峡を越えてイギリスに攻め込みましたが、イギリス空軍は総力を挙げて迎撃し、ついにルットバッフェはイギリス空爆を断念しました。
ドイツ空軍がイギリス空軍に敗れたのは、戦闘機が爆撃機を満足に護衛出来なかったからです。重い爆弾を抱えている爆撃機は、速度も遅く小回りも利きませんから、敏捷びんしょうな戦闘機に襲われればひとたまりもありません。そのために爆撃機には護衛戦闘機が必要なのですが、ドイツの戦闘機はその任務を十全にこなせなかったのです。
ドイツはメッサーシュミットという素晴らしい戦闘機を持っていましたが、この戦闘機には致命的な欠点がありました。それは航続距離が短いということです。そのためイギリス上空で数分しか戦闘出来なかったのです。戦闘が長引くと、帰路ドーバー海峡を渡り切れず、海の藻屑もくずとなってしまったようです。わずか四十キロのドーバー海峡の往復が苦しかったなんて──。
零戦なら、ロンドン上空で一時間以上戦うことが出来たでしょう。完全にロンドン上空を制圧することが出来たはずです。こんな仮定は馬鹿げていますが、もしドイツ空軍が零戦を持っていたら、イギリスは大変なことになっていたでしょう。
零戦がこれほどまでの航続距離を持っていたのは、広大な太平洋上で戦うことを要求された戦闘機だったからです。海の上では不時着は死を意味します。だから三千キロも長い距離を飛び続けることが必要だったのです。それにまた広い中国大陸で戦うことも想定されていました。中国大陸での不時着も死を意味するということでは海の上と同じです。
名馬は千里を走って千里を帰ると言いますが、零戦こそまさに名馬でしたな。
卓越した格闘性能、高速、そして長大な航続距離、零戦はこのすべてを兼ね備えた無敵の戦闘機でした。そして更に驚くことは、陸上機ではなく、狭い空母の甲板で発着出来る艦上機ということです。
当時、工業国としては欧米にはるかに劣ると言われていた日本が、いきなり世界最高水準の戦闘機を作り上げたのです。これは真に日本人が誇るべきものだと思います。
戦争の体験は決して自慢出来るものではありませんが、私は今でも、零戦に乗って大空を駆け巡ったことは、人生の誇りにしています。私は今年で八十五歳になります。八十五年の生涯から見れば、零戦に乗って戦った二年足らずの時間は束の間のことです。しかしその二年の何という充実したことだったでしょう。それは人生の晩年になって更に重みを増していきます。
いや、こんなことを若い人に言っても仕方ありませんね。私自身、終戦後は戦闘機に乗っていた体験など忘れていました。食べることに精一杯で、家族を養うことなどで一所懸命でした。本当に必死で働いてきました。
晩年に自らの人生を振り返って初めて、若い頃の輝きが見えて来たということかも知れません。あなたもいずれ年老いて、人生を振り返った時、今の自分がまったく違って見える時が来るでしょう。」
話がそれましたね。
2024/08/22
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