攻撃を受けている時も、空母の格納庫では必死の換装は続いていました。
その時です ── 見張員の悲鳴のような叫びを聞いたのは。あの時の声は一生忘れられません。
空を見ると、四機の急降下爆撃機が悪鬼のように降りかかって来たのです。
私は「もうだめだ」という絶望意的な思いで、まるで呆けたようにその悪鬼たちを見つめていました。四機の爆撃機から、爆弾が離れるところがみえました。時間としては一瞬の事だったのでしょうが、まるでスローモーションの映像のようでした。四つの爆弾がゆっくりと笑うように降りかかって来ました。空気を切り裂くその音はまさしく鬼の笑い声のようでした。おそらく私たちの油断と驕りを嗤わらっていたのでしょう。
飛行甲板は轟音と共に大爆発を起こしました。私に体も吹き飛び、艦橋にぶつけられました。艦橋がなければ、海の上に飛ばされていたでしょう。
なかば気を失って、燃える甲板を見つめていました。飛行機が次々に燃えています。搭乗員が火だるまになって、操縦席から飛び出しています。プロペラが回っていた飛行機は今や制御能力を失い、勝手に動きだし、あるものはぶつかり、あるものは海に落ち、甲板上は無茶苦茶な状態でした。格納庫でも爆発が続けさまに起こりました。魚雷や爆弾が火災で誘爆したのです。爆発のたびに巨大な艦が揺れました。右舷の方を見ると、「加賀」も燃えています。はるか後方にももう一隻燃えている空母の姿が見えました。三隻の空母が一瞬にしてやられたのです。
私は燃える飛行甲板から逃れるように、後甲板に降りました。そこには艦攻の搭乗員たちが集まっていました。どの顔もひぃつっていました。
負傷者が何人もいました。手のない者、足のない者も大勢いました。床は大量の血で染まっていました。まさに阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図でした。
格納庫からは断続的に爆発音が響いてきます。我々はバケツで水を運んで消火作業をしましたが、所詮しょせん焼け石に水です。そのうちに水も出なくなり、まったくのお手上げとなりました。
艦を燃やす炎は数十メートルにもなり、その煙は数百メートイルに達していました。
艦全体が焼けるような熱さでした。鉄製のラッタルはすごい熱で、靴底が焦こげるほどでした。うっかり手すりに触れば、大やけどです。我々は後甲板に閉じ込められたような状況で、どうしていいのかわからず、呆然ぼうぜんとしているだけでした。
その時、艦首の方から司令部の幕僚たちが退艦して行くのが見えました。内火艇に南雲長官以下多くの士官が乗って艦を離れて行きました。私たちはそれを見てがっくりきました。司令部が艦を見捨てたのだ、もう「赤城」もおしまいだ。
しばらくして駆逐艦のカッターが近づき、我々を救助に来ました。
我々もカッターに乗り込み、「赤城」を後にしました。私はカッターから後ろを振り返って「赤城」を眺めました。世の中にこれほどの炎があるのかと思われるほどの巨大な火の海に包まれていました。その勢いは凄まじく、百メートル以上離れてもその熱波を感じました。
しかし「赤城」は沈みませんでした。魚雷攻撃を受けたわけではなく、爆弾ですから、艦自体は燃えあがっていますが、沈むことはありません。だがそれがかえって断末魔の苦しみが長引く地獄のように見えました。鉄が真っ赤になり、どろどろち溶けています。黒煙はもう上空一キロメートルにも達していました。
見ると、同じような黒煙が二つ昇っていました。全部で三隻の空母がやられたのです。
私は泣きました。カッターに乗った大勢の搭乗員も皆泣いていました。
上空には帰る母艦を失った零戦がむなしく飛んでいました。おそらく宮部もその中にいたはずです。 |