高山は言った。
「特攻隊員の手記を見ますと、多くの隊員が宗教的な殉教精神で自らの生命を捧げていったのが読みとれます。出撃の日を、大いなる喜びの日と書いた隊員もいます。でも、これは別に驚くに値することではないのdす。戦前の日本は現人神の支配する神国でしたから、若者の多くが国に殉じゅる喜びを感じたのは当然かも知れません」
高山は目を伏せてうつむいた。
「これははっきり言って殉教精神です。そして彼らの殉教精神こそ、現代のイスラム過激派の自爆テロと共通するものに他ならないのです」
高山の論理は理路整然としたものだった。しかしぼくにはすべてをすんなりと受け入れることが出来なかった。多分、祖父がテロリストということを認めたくなかったからだろう。
高山は姉に「おじいさんがカミカゼアタックのパイロットだったそうですね」と尋ねた。姉は頷いた。
「亡くなられたあなたのおじいさんに対してこんなことを言うのは、大変心苦しいのですが ──」
「かまいません。おっしゃって下さい」
高山は頷いたが、ぼくはさすがに藩論したかった。
「祖父は命を大切にしていた男だったらしいです。家族のために」
「いつの時代にも家族への愛はあります。しかし戦前は、天皇陛下は現人神であるという教育が行なわれ、多くの人たちがそれを受け入れていました。でもそれはあなたの祖父のせいではありません。あの時代のせいなのです」
「よくわかりませんが、祖父は家族よりも天皇陛下が大切と思ってはいなかったと思います」
高山は頷きながら、運ばれて来たコーヒーを口に運んだ。
「あなたはあの時代をよく知らないからです。戦前の日本は、狂信的な国家でした。国民の多くが軍部に洗脳され、天皇陛下のために死ぬことを何の苦しみとも思わず、むしろ喜びとさえ感じてきました。私たちジャーナリストは二度とこの国がそんなことにならないようにするのが使命だと思っています」
「でも、戦後生き残った祖母が天皇陛下万歳というのを聞いたことがありません」
「それは洗脳が解けたからです。戦後の多くの思想家や、私たちジャーナリストたちが国民を目覚めさせたからだと思っています。私が新聞記者になったのは、そんな先輩たちを見習いたいと思ったからです。そして今も、真のジャーナリストを目指しています」
高山はそう言って少しはにかんだ笑顔を見せた。誠実な男に見えた。姉はそんな高山の横顔を頼もしそうに見ていた。
ぼくは高山の言葉を頭の中でもう一度反芻はんすうした。彼の言うことは大筋で正しいように思えた。しかし心の奥の方で何かが違うという気がした。だが、それが何かはわからなかった。
少し考えてぼくは言った。
「日本人とイスラム過激派が同じ精神構造にあるとは思えないのですが ──」
「日本人全体とは言っていません。あくまで特攻隊員と自爆テロリストの共通項を語っているのです」
「それって、特攻隊員を特別な人たちと考えていませんか?」
高山は、うん? という感じで首をかしげた。「どういう意味でしょうか」
「特攻隊員たちはそれほど特殊な人たちだったのでしょうか。ぼくには、そうではなくて、普通の日本人だったのではないかという気がします。たまたま彼らは飛行機のパイロットだっただけで、普通の人とたちと同じだったのではないでしょうか」
高山は目をつむって少し沈黙した。
「これは基本的なことですが、特攻隊を志願した軍人は、徴兵で軍隊に取られた兵士ではありません。一般の兵隊のように赤紙の招集令状で戦地に追いやれれた人ではないのです。私もカミカゼアタックが徴兵された者たちで行なわれていたなら違う見方をしたと思います。しかし当時の飛行兵は全員が志願した軍人です。予備学生たちも少年飛行兵も、全員がそうなのです。あえてこんな言い方をしますと ── 特攻隊員たちは皆自ら軍人となることを希望し、戦うことを希望した人たちなのです」
そういうことかと、思った。
「たしかあなたのお祖父さんは十五歳で海軍に入ったいうことですね。これはつまり ── 徴兵ではなく志願して入ったことになりますね」
ぼくが答える前に穴が口を挟んだ。
「高山さんは、徴兵と志願兵とでは、初めから精神構造が違うとおっしゃりたいのですね。自ら志願した軍人には、特攻を受け入れる下地があったと」
「その通りです、佐伯さん。しかし本当はまったく違うのではなく、志願兵の人たちは、最初から国のために身を捧げる気持が普通の人たちよりも強かったのではないかということです」 |