~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ラ バ ウ ル (三)
高山の言うことは一理も二理もあった。たしかに徴兵と志願兵は同列には論じることは出来ないかも知れない。祖父の中には特攻を受け入れる何かがあったのだろうか。そもそも祖父はなぜ海軍に入ったのだろう。
長谷川は現実から逃れるために海軍に入ったと言い、伊藤は飛行兵にあこがれて海軍に入ったと言った。祖父もまた飛行兵に憧れた軍国少年だったのだろうか。
「ところで、佐伯君にお願いがあるのですが、今回の君の祖父を訪ねるというレポートを記事にさせてもらえないでしょうか」
「ぼくのことをですか?」
「お姉さんでもいいのですが、それよりも若い男性の方がいいと思います。どういう形にするのかは今のところ未定ですが、戦争などまったく知らないで育った現代の若者が、特攻隊で亡くなった祖父の足跡を追って戦友たちを訪ねるというのは、非常に興味深い企画だと思うのです」
「それはちょっと ──」
ぼくは断わろうとした。
「別にいいじゃないの、健太郎」
姉が横から口を挟んだ。
「ちょっと考えさせてください」
「もちろんです。ゆっくり考えてください」
高山が帰った後、ぼくは姉に言った。
「どういうことだよ。ぼくのことを企画するって、最初から、それが目的だったの?」
「違うわよ。高山さんが今日言い出したのよ、私の話を聞いて思いついたみたい」
姉が嘘をついている感じはなかった。
「あの人、姉さんに惚れてるね」
姉は否定しなかった。姉はこう見えて昔からよくもてた。今年で三十歳になるとはいえ、年齢よりずっと若く見えたし、なかなかの美人でもあった。
「あの人は独身?」
「そうよ ──。ただ、バツイチだけどね」
姉によると、高山は今年の初めに仕事を通じて知り合った人で、高山の紹介で新聞社系の週刊誌に記事も書かせてもらったという。来年の終戦六十周年のプロジェクトに声をかけてくれたのも彼だった。
「惚れているから、いろいろしてくれてるんだな」
「そんな言い方しないでよ」
「で、姉さんはどうなの? 彼を好きなの?」
姉は、うーんと言った。
「よくわからないの。嫌いじゃないし、素敵な人だとは思うのだけど」
「彼からアプローチされたの?」
「割に積極的よ」姉はそう言って苦笑した。「でも私、積極的にこられるのって、そんなに嫌いじゃないし。それにそろそろ身を固めてもいい年だし、結婚相手としては申し分ないと思う」
「何か打算で結婚するみたいだね」
姉はムッとした顔をした。
「私みたいな仕事をしている女を理解してくれる男性はなかなかいないのよ。男性にとっては、誰と結婚しても人生に大きな違いはないでしょうけれど。女にとって、結婚は全然比重が違うのよ。言うなら一番大きな就職問題よ。だってそうでしょう。どんな男性と結婚するかで、これからの仕事のやり方と生活が決まってしまうのよ。慎重に選ぶのを打算って言えるの!」
ごめんよ、とぼくは謝った。姉もすぐに「いいのよ。私もムキになってごめんね」と言った。
「でもね、私も含めて、なかなか結婚しない女たちは、結婚フリーターみたいなものかもね」
姉はそう言って笑ったが、その笑顔は少し寂しそうだった。
2024/09/05
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