高山に会ったその週末、ぼくと姉は元海軍飛行兵曹長、井崎源次郎を訪ねた。
伊崎は都内の大学病院に入院中だった。連絡は井崎の娘から貰った。今回ぼくは最初からインタビューに同行するつもりだった。伊藤の話を聞いてから、祖父の調査に興味を持ち始めていたからだ。
病院に着くと、ロビーに井崎の娘と五十代の女性が待っていた。女性は「井崎の娘です。江村鈴子えむらすずこと申します」と挨拶した。そして、隣に立っていた若者を「息子です」と紹介した。
若者は、ぞんざいに顎あごをしゃくった。年はニ十歳前後に見えた。髪を金髪に染め、アロハを着ていた。左手にオートバイ用のヘルメットを持っていた。ヘルメットには派手なペイントが施ほどこされていた。
「父は体がよくないので、あまり長い話は出来ません」
「無理はなさらないでください」と姉は言った。
「宮部さんのことは私も父から聞いたことがあります。父は自分が生きているのは宮部さんのお陰だと申しておりました」
「そうなのですか」
「俺は、そんなの聞いてねえよ」
若者はぶっきらぼうな口調で言った。母親の江村はそれを無視した。
「父は戦友会から、宮部さんのお孫さんから連絡があったと知らされた時は、大変驚いておりました」
「その晩は泣いていたんだろ」
若者がからかうように横から口を出した。
「父の体はかなり悪くて、医者からは、あまりお興奮するような話はしないようにと言われていましたが、どうぢても会うと言って聞きませんでした」
「恐れ入ります」
姉は深く頭を下げた。
「実は、父が孫にも聞かせたいというもので、私の息子もご一緒させていただいて、よろしいでしょうか」
「もちろんです」
若者は「面倒くせえな」と呟つぶやいたが、それは母の耳には届かなかったようだ。
病室は個室だった。ドアを開けて中に入ると、ベッドの上に痩やせた老人が正座していた。
その姿を見いて、江村が慌てて言った。
「お父さん、座ってなんかいて大丈夫なんですか」
「大丈夫だ」
老人は力強く答えると、ぼくと姉に「井崎源次郎です」と言って頭を下げた。
「こんな格好で失礼します」
井崎は入院中の寝巻姿を詫びると、ぼくと姉の顔をじっと見つめた。
「今になって、宮部さんのお孫さんに会えるとは ──」
「私は祖父が死んで、三十年経って生まれました」と姉が言った。
「宮部さんは特攻で亡くなったそうですね」
「はい」
井崎は目をつむった。
「あなた方から連絡をいただき、この一週間、宮部さんのことをいろいろと思い出していました。ベッドに横たわって、六十年前の戦争の日々、長い間、記憶の底に埋もれていたこと、忘れていたことも沢山」
それから孫に向かって、
「誠一、お前も一緒に聞きなさい」
「俺には関係ねえことだろ」
「関係はないが、お前にもぜひ聞いてもらいたいのだ」
誠一は、わかったよといういふうに手を振った。井崎はぼくの方に向き直ると、もう一度居住まいを正した。
「宮部さんと出会ったのはラバウルです ──」
井崎はゆっくりと話し始めた。
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