~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ガダルカナル (二)
ガダルカナル島の陸軍兵士の戦いのことはご存知ですか。
── そうですか。いえ、今の若い人はそんなことは何も知らないでしょうね。
宮部小隊長の話とは離れますが、ガダルカナル島で戦った陸軍兵士のことは、あなたたちにも知って貰いたいことです。いや、日本人なら、この悲劇を忘れて欲しくはありません。ここにいる誠一にもぜひ知って貰いたい。
またガダルカナル島をめぐる陸軍の戦いを知らないと、私や宮部小隊長のいるラバウル航空隊が命を削って戦ったのはなぜなのかが理解出来ないでしょう。
もっともあの島で何が行なわれていたのかを知ったのは戦後です。そしてそれを知った時、ガダルカナルこそ太平洋戦争の縮図だということがわかりました。大本営と日本軍の最も愚かな部分が、この島での戦いにすべて現れています。いた、日本という国の最も駄目な部分が出た戦場です。
だからこそ、ガダルカナルにことはすべての日本人に知って貰いたい!
そして、半年にわたったこの戦いこそが、太平洋戦争の本当の分水嶺ぶんすいれいとなった戦いだったのです。

八月七日に米軍がガダルカナル島を攻撃した時、最初、大本営は単なる局地的な戦闘と思っていたようです。米軍は防御の手薄なガダルカナルでも叩いておけという気持で攻撃して来たのだろうと判断したようです。これらも戦後知った知識です。
私たちラバウル航空隊はただちに米輸送船団を攻撃したことは先程言いましたが、大本営は翌月、ガダルカナル島の飛行場奪還のために陸軍兵士を送り込んだのです。これが悲劇の始りでした。
大本営は敵情偵察もろくにせずアメリカ軍の兵力を二千とみて、わずか九百人余りの部隊を送り込んだのです。
二千人という数字がぢおこから出てきたのか不明ですが、驚くのは半分の兵力で島と飛行場を奪還出来ると踏んだことです。帝国陸軍はそれほど強いと思っていたのでしょうか。ところが実際には米軍海兵隊の兵士は一万三千人もいたのです。
戦後、読んだ書物によりますと、突撃前夜、陸軍の上陸部隊はすでに勝ち戦の気分だたっと言います。指揮官の一木大佐もまた強気な人で、この作戦を命じられた時、司令官に「ガダルカナルにみならず、対岸のツラギ島も攻めてもいいか」と聞いたといいます。
この一戦が日本陸軍とアメリカ海兵隊との初めての対決でした。陸軍兵士たちは、腰抜けのヤンキーどもを皆殺しにしてやるという気分だったのでしょう。当時、私たちは、アメリカ人がいかに腰抜けで弱虫かということをさんざん教えられていました。やつらは家庭が第一で、国に帰れば楽しい生活が待っている。やつらは戦争が嫌いだし、何よりも命が大事と思っている国民だと。だから本当に厳しい戦いになると、やつらは躊躇ちゅうちょなく投降する。捕虜になるくらいなら潔い死を選ぶという帝国軍人とは決死の覚悟が違う。だから戦って負けるわけがない、と、敵兵の半分の兵力で十分と踏んだのもそういう先入観があったからでしょう。一木隊の兵隊たちが、「明日は楽勝だ」と笑っていたとしても責められません。
しかし結果は ── 話すのも辛いことですが、一木支隊は最初の夜襲で全滅しました。米軍の圧倒的火力の前に、日本軍の肉弾突撃はまったく通用しなかったのです。
日本陸軍の戦いの基本は銃剣突撃です。捨て身で敵陣に乗り込み、銃剣で敵兵を刺し殺して戦うという戦い方です。対する米軍は重砲、それに重機関銃と軽機関銃です。米軍は日本兵に向かって砲弾を雨あられと降らせ、白兵突撃して来る日本兵に機関銃を撃ちまくりました。
こんな戦いで勝てるはずもありません。言うなれば日本軍は、長篠の戦いで織田信長の鉄砲隊に挑んだ武田の騎馬軍団みたいなものですた。いったいなぜこんな愚かな作戦が実行されたのでしょう。参謀本部は何を考えていたのでしょう。戦国時代のような戦い方で米軍に勝てると判断した根拠がまったくわかりません。
私は戦後、この戦い直後に撮られた写真を見たことがあります。戦いが終わった翌朝、砂浜におびただしい数の日本の兵隊たちが斃れている写真です。血は波で洗われていたものか、死体には血のあとがありませんでした。いずれも表情まではっきりと写っていました。彼らはみな故郷に父や母がいて、あるいは妻や子がいた男たちです。私は涙でその写真を見ることが出来ませんでした。
突撃した約八百人中七百七十七人が一夜にして死んだと言われています。一木隊長は軍旗を焼いて自決しました。米軍の死者は数えるほどだったといいます。
一木支隊全滅の報を受けて、大本営は「それじゃあ」と送り込む兵隊を一挙に五千人にしました。これならいけるだろうと。
しかし米軍はその上をいっていました。日本軍を撃退はしましたが、今後、日本軍は前回にまさる兵力を送り込んで来るだろうと予想し、守備隊を一万八千人にまで増強していたのです。
2024/09/26
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