~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ガダルカナル (八)
十七年の後半から米軍の零戦に対する戦い方が完全に変わりました。
これまでも米軍は零戦にはまともに向って来ることは少なかったのですが、十七年以降ははっきりと零戦との格闘を避け始めました。徹底した一撃離脱と、そして二機一組の攻撃、こうした米軍の新戦法は我々を戸惑わせました。
戦後かなり経ってから知ったことでですが、米軍は十七年の七月に無傷の零銭を手に入れ、それを調べることによって、対零銭の戦法を編み出していたんもでした。
零銭はアリューシャン作戦でアクタン島に不時着したのです。搭乗員が不時着時に亡くなり、その後この機体が、米軍の哨戒機に発見されたのです。
それまで米軍にとって零戦は謎の戦闘機だったのです。
それで懸命にゼロファイターの機体の捕獲を目指していたものの、残骸しか手にすることが出来ない状態であったところに、おぼ無傷のゼロファイター発見の報に関係者は驚喜したといいます。
零戦はアメリカ本土に持ち帰られ、徹底的に研究されました。そしてこれまで米軍にとって神秘の戦闘機であった零戦の秘密のベールがすべて剥ぎ取られたというわけです。
米軍の航空関係者はテストの結果に愕然がくぜんとしたと言われています。イエローモンキーと馬鹿にしていたジャップが、真に恐るべき戦闘機を作り上げていたことを知り、驚いたのです。そして彼らは、現時点において零銭と互角に戦える戦闘機は我が国には存在しないということを認識したといいます。それは彼らにとっては恐るべき答えだったようです。
しかし米軍は同時に零戦の弱点も見抜きました。防弾装備が皆無なこと、急降下速度に制限があること、高空での性能低下などです。そして米軍は零戦の弱点を徹底的に突く戦法を編み出したのです。
米軍は零戦に対してしてはならない「三つのネバー」を全パイロットに指示したそうです。しなわち「ゼロ戦と格闘してはならない「時速三百マイル以下で、ゼロと同じ運動をしてはならない」「低速時に上昇中のゼロを追ってはならない」の三つです。この「ネバー」を犯した者はゼロに墜とされる運命になる、と。
こうして米軍は零戦に対して徹底した一撃離脱戦法に切り替えました。そして一機の零戦に対して必ず二機以上で戦うことが義務付けられました。
この戦法を可能にしたのは米軍の物量でした。戦闘機の大量生産をバックにしたこうした新戦法の前に我々は消耗させられていったのです。

物量で押しまくる米軍は、同時にパイロットの命を非常に大切にしました。
秋頃でしたか、ラバウルにアメリカ軍パイロットの捕虜が送られて来たことがあります。
ガダルカナル島の空戦で撃墜された米機の搭乗員が我が駆逐艦に拾われ、そのまま捕虜になったのですが、彼の話は驚きでした。」何と彼らは一週間戦えば後方にまわされ、そこでらっぷり休息を取って、再び前線にやって来るというものでした。そして何ヶ月戦えば、もう前線から外される、と。
その話を聞いた時は、我々搭乗員たちは何とも言えない気持になりました。我々には休暇などというものはなかなか与えられません。連日のように出撃させられるのです。
実際、熟練搭乗員もくしの歯が欠けるように減っていいきました。いや、むしろ熟練搭乗員から死んでいきました。というのは経験の浅い搭乗員だと撃墜されて貴重な飛行機を失う可能性が高いという理由で、熟練搭乗員が優先的に出撃させられたのです。
搭乗員よりも飛行機を大事にしたのです。繰り返しますが、片道三時間以上の距離を移動して、敵の待ちかまえる空で中功隊を援護しつつ戦い、また三時間以上かけて戻るのです。それが連日繰り返されるのです。体力、集中力の低下は免れません。我々は一度でもミスしたら終りなのです。失敗は繰り返さなければいいという甘い世界ではないのです。一度の失敗が、すべてを終わらせてしまうのです。よくプロ野球で「一球の失投が命取りになった」と言われますが、戦闘機乗りには文字通りの「命取り」になるのです。
2024/10/09
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