この光景は何人もが見たはずです・。
ラバウルに戻った時、編隊長は宮部小隊長に向って、いきなり怒鳴りました。
「貴様には、武士の情けというものがないのか」
他の搭乗員は何も言いませんでしたが、その目は小隊長を非難していました。私は列機として何かいたたまれない気持になりました。
「墜とした敵の命まで奪うことはないだろう」
「はい」
と宮部小隊長は答えました。
「俺たち戦闘機乗りはサムライであるべきだ。落ちた武者を竹槍で突き殺すような真似は二度とするな」
「はい」
この話はまもなく隊全体に広がりました。多くの搭乗員がこの噂をするのが、私の耳にも入ってきましうた。そのほとんどは「男の風上に置けない」というものでした。
三番機の小山一飛兵も小隊長の行為に怒りを覚えていたようで。私に「宮部小隊長の列機を外れたい」と愚痴をこぼしました。
「馬鹿なことを言うな、これまで小隊長にどれだけ助けて貰ったかわからないのか」
「それとこれとは別だ。井崎は小隊長の行為をよしと思っているのか」
「目の前で味方が一人殺されたんだ。復讐するのが当り前だろう」
「復讐は撃墜したことで果してるじゃないか。搭乗員の命を奪うことはないと思いう」
私はうまく言い返せませんでした。
小山は以前から宮部小隊長に対して不満を持っていました。一部で「ずるい奴等
」という陰口を叩かれるのが彼には耐えられなかったのです。
後日、私は意を決して、直接、宮部小隊長に尋ねました。
「小隊長、お尋ねしたいことがあります」
「何だ」
「数日前、なぜ落下傘を撃ったのですか?」
小隊長は私の目をまっすぐに見て言った。
「搭乗員を殺すためだ」
私は正直に言うと、小隊長に「後悔している」という言葉を聞きたかったのです。ところが小隊長の口から出た言葉はまったく予期しないものでした。
「自分たちがしていることは戦争だ。戦争は敵を殺すことだ」
「はい」
「米国の工業力はすごい。戦闘機なんかすぐに作る。我々が殺さないといけないのは搭乗員だ」
「はあ、しかし ──」
その時、小隊長は大声で怒鳴りました。
「俺は自分が人殺しだと思ってる!」
私は思わず「はいっ」と答えていました。
「米軍の戦闘機乗りたちも人殺しだと思ってる。中攻が一機堕ちれば、七人の日本人が死ぬ。しかし中攻が艦船を爆撃すれば、もっと多くの米軍人が死ぬ。米軍の搭乗員はそれを防ぐために中攻の搭乗員を殺す」
「はい」
こんな激しい口調で怒鳴る小隊長は見たことがありませんでした。
「俺の敵は航空機だが、本当の敵は搭乗員だと思っている。出来れば空戦でなく、地上銃撃で殺したい!」
「はい」
「あの搭乗員の腕前は確かなものだった。我々の帰路をあらかじめ予想し、雲の中にじっと隠れていた。それから、反転してきた時、一発の銃弾が俺の操縦席の風防を突き抜けた。一尺ずれていたら、俺の胴体を貫通していた ── 恐ろしい腕だった。もしかしたら何機も日本機を墜としていた奴かも知れない。勝てたのは運が良かったからだ。あの男を生かして帰せば、後に何人かの日本人を殺すことになる。そして ── その一人は俺かも知れない」
そうだったのかと思いました。
これが戦争なのだと初めて気がついたような気持でした。私たちの戦いは綺麗事きれいごとではありません。所詮しょせんは殺し合いなのです。戦争とは、自分が殺されずに一人でも多くの敵を殺すことなのです・。
それにしても、小隊長があれほど興奮したのを見たのは初めてです。私はその姿を見て、小隊長はパラシュートの米兵を撃つ時、本当に苦しかったのだろうと思いました。 |