~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ガダルカナル (十一)
この話には驚くべき後日談があります。
実はこの時のアメリカ人パイロットは生きていたのです。戦後の昭和四十五年にアメリカのセントルイスで開かれた「第二次世界大戦航空ショー」で出会ったのです。
この航空ショウーにはアメリカとドイツと日本の元戦闘機パイロットが多数集まりました。当地の新聞には「偉大なる再会」と大々的に報道された記念式典ですが、この時、ガダルカナルのカクタス航空隊に所属していた米海兵隊パイロットも大勢出席していました。
私はそこで何人ものアメリカ人パイロットから親しく話しかけられました。これは実に不思議なことなのですが、会った瞬間、お互いに旧友と再会したような気分になったのです。日本機をニ十機以上撃墜したエースとも会いました。冷静に考えれば、二十人以上の同朋を殺した男ということになりますが、なぜか憎しみや恨みはまたく感じませんでした。時間がすべて洗い流すのでしょうか。それとも空の上で正々堂々と戦ったからでしょうか。向うも同じような気持でいたようです。
「彼らは口々に「ゼロのパイロットは強かった」と言いました。
私はそこでガダルカナルの居ヘンダーソン飛行場にいたというトニー・ベイリーという元海兵隊大尉と会いました。トニーがガダルカナルにいたのは昭和十七年から十八年にかけてです。まさに私と同時期に同じ戦場にいたのです。
互いの手帳を照らし合わせると、同じ日に戦っていたことが七日もありました。私たちは互に抱き合いました。おかしいでしょう。
その時、トニーは不思議な話をしました。一度ゼロ戦に撃墜されたと」いうのです。もしかしたら、それはお前なのではないのか、というものでした。
聞けば、その日は十七年九月二十日でした。まさしく私が出撃した日です。
トニーの話は衝撃的でした。その日、彼は帰路に集結する日本機を喰ってやろうと、列機と共に隠れて待ち伏せていた。しかし襲撃した途端、一機のゼロに発見され、列機は一撃で墜とされた。同僚に死を見た彼は逃げるよりも反撃を試みた。しかし正面から銃撃され、エンジンに被弾し、パラシュート脱出した、というものでした。
私はその話を聞いた時、全身が震えだしたのを記憶しています。
「この時のパイロットはお前ではないのか?」
トニーの質問に私は首を振りました。そして逆に尋ねました。
「トニーに質問するが、その時、パラシュートで降下している時、銃撃されなかったか」
トニーは「おおっ」と声を上げて両手を広げました。
「なぜ、それを知っている?」
「見ていたからだ。死んだと思っていた」
「俺もsぽう思った。しかしパラシュートが撃ち抜かれても海上近くだったので、落下速度が出る前に海に激突して死ぬことはなかった。運が良かったんだ」
「よかった」
「俺を墜としたパイロットを知っているのか」
「私の小隊長だ」
彼は再び「おおっ!」お声を上げました。
「生きているのか?」
「いや ── カミカゼで亡くなった」
その瞬間、彼は口をあんぐり開けました。そして独り言のように何かをつぶやきました。
その言葉は通訳が訳しませんでしたが、彼の無念の思いは伝わってきました。次の瞬間、トニーは顔を」くしゃくしゃにして泣き出しました。
「彼の名前は何と言う?」
「宮部久蔵」
2024/10/15
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