~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ヌード写真 (一)
「調査は進んでるの?」
井崎を訪ねた翌日、夕食の時に突然母に尋ねられた。祖父のことはまだ母に話していなかった。全貌ぜんぼうつかめるまで、話さないでおこうと姉が言っていたからだ。特に祖父の非難につながるような発言は伏せておこうということで一致していた。
ただ、この二週間に三人の人物に会ったことだけは伝えた。
「そんなに!── それで、お父さんのこと、覚えてた?」
母の声が緊張しているのがわかった。
「いろいろと聞けた。いずれ詳しくまとめて話すつもりだけど、おじいさんはその ──、何というか、おばあちゃんとお母さんのことを、すごく愛していた人らしい」
母の目に喜びの光が差した。
「おじいさんは、生前、妻のために死ぬわけにはいかないって言ってたらしいんだ」
母は口元を結んで天井を見上げた。ぼくは続けた。
「それにね、おじいさんは恐ろしいほどの凄腕を持ったパイロットで、同時に臆病おくびょうなくらい命を大事にした人だったみたいだよ」
「矛盾した人ね」
「ぼくがわからないのは、それほど命を大切にしていた人がなぜ、海軍なんかに入ったのかだよ。ましてそこから航空兵を志願してるんだ。当時、飛行機乗りは非常に危険で、飛行機乗りにだけはなってくれるな、という親が多かったみたいだよ」
「それは不思議でも何でもないと思うわ」
母ははしを置いてじっとぼくの顔を見た。
「多分若気の至りじゃないのかしら、十代の頃は冒険心もあって危険なことも平気でやるでしょう。私はむしろそんな父が、結婚噫してから母や私のために命を大切にしようと思ってくれたことが嬉しいわ。父は母や私を愛してくRていたのね」
母は言葉の最後でちょっと詰まった。母の目に何やら光るものが見えた。ぼくは母の顔を見ないようにして、ご飯を頬張ほおばった。
「調査はMなだ続くの?」
「うん、おじいさんを覚えているおいう人がまだ何人かいる」
「それってすごいことね」
母の言う通りだった。この調査を始めた時は、祖父を覚えている人物の一人でも当たればいいと思っていたが、既に三人の人物のに出会うことが出来た。何か不思議な糸か何かで操られているような気がするほどだった。
母は、頑張ってねと言った。
部屋に戻って、あらためて祖父のことを思った。二週間前までまったく見も知らぬ人だった祖父が、今、影のようにぼくのすぐ後ろに立っているように感じていた。
まるで振り返れば、姿が見えるような気がした。

三日後、姉と会った。和歌山に住んでいる元海軍整備兵曹長の家に行くためだった。平日だったが、姉はわざわざこのために仕事を一つキャンセルしたらしい。
飛行機の中で、ぼくは先日の母との会話の内容を話した。姉はなるほどと言った。
「よくわかるわ。若い時に命知らずだった青年が、おばあちゃんを愛するようになって命を大切にするって、素晴らしいことだと思う」
ぼくは曖昧あいまいに返事した。
「どうしたの。何か引っかかるの」
「いや、おばあちゃんを大事に思って命を大切にするよになったのはわかるんだ。けど、軍隊に入ったのが若気の至りというのが今ひとつピンとこない」
「どうして」
宮部久蔵のオメージに合わないと言うか、そぐわない感じがするんだ。でもそんな気がするだけで、実は子供の時は彼も軍国少年だったのかも知れないけどね」
「軍国少年でいて欲しくないのね」
「本音を言うと、そうなんだ。多分、新聞社の高山さんに言われたことが引っかかってるんだ戸」思う」
姉は何も言わなかった。
「おじいさんが最後に特攻に行った時は、その身を捧げることに、どこか喜びを感じていた部分もあったのかなあ・・・」
「私は違うと思う。おじいさんは特攻に行く時も決して喜びなんか感じなかったと思う」
姉はそう言った後で、小さく付け加えた。「高山さんは間違っていると思う」
2024/10/27
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