~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
ヌード写真 (十)
わたしは終戦の翌年、内地に戻り、後に世話する人があって、伴侶はんりょ を得ることが出来ました。結婚したいと真剣に願ったわけでもありません。ただ。生活が落ち着き、そろそろ身を固めた方がいいといおう気持からでした。ただ相手もまた年頃だったので、同じように身を固める気持でわたしと一緒になったのでしょう。もちろん、犬やネコではありませんから、見合いの席で、互に悪い印象を持たなかったから結婚したのでしょう。でも、結婚を決めた時の気持はよう覚えていませんわ。
愛するという気持が生まれたのは、結婚して一年も経ってからのことです。
ある夜、わたしは何気なく妻を見てました。裸電球の下で。妻はわたしのズボンの破れたところをつくろっていました。当時わたしは郵便局の職員で、毎日、手紙の配達で自転車に乗っていました。
一心不乱に縫い物をしている妻をそんなふうjに眺めたことはありません。わたしは自分の着ていたシャツを見ました。ひじのところに繕いがしてありました。じっと見ると、一針一針丁寧に繕ってありました。
わたしはそれを見た瞬間、言いようのない愛情を感じたんです。この女、身寄りもなく、器量もよくないこの女。俺の身繕いをし、俺のために食事を作ってくれる、この女 ──。
妻にとって、わたしが初めての男でした。わたしは思わず彼女を抱き寄せました。「危ない」と彼女は小さく叫びました。繕い物の針がわたしの手に当たるのを心配したのです。わたしはかまわず抱き寄せました。
その時、初めて妻を名前で呼びました。妻は突然のことに驚きながらも、小さく恥ずかしそうに「はい」と答えました。わたしはその瞬間、彼女を愛したのです。
その時、わたしの脳裏に浮んだのは、何だと思います。驚かんで下さいよ ── あの時の米兵だったんです。そしてその写真を彼の胸のポケットにしまった宮部さんの姿でした。
わたしは彼女を抱きました。なぜか狂ったように抱きました。あとで聞くと、わたしはその時、泣いていたそうです。覚えていません。しかし彼女がそう言ったのですから、そうだったんでしょうな。
その時、出来たのがせがれです。お二人を迎えに行ったあいつです。あれでもこの町の町会議員をそています。
── なぜその時の子供とわかるのか、ですか。彼女がそう言うたからです。女にはわかるのでしょうかな。
宮部さんのことを思い出して泣いたことがもう一度あります。
伜が小学校に上がって、初めての運動会の日でした。昭和三十年です。
子供たちが白い体操服を着て、運動場を走り回っていました。
わたしも家内も、運動場のはしっこにゴザを敷き、伜を応援していました。皆、楽しそうでした。大人も子供も本当に楽しそうに笑っていました。伜は徒競走でビリから二番目になり、べそをかいていましたが、わたいはそれさえも楽しくてたまりませんでした。
その時、」周囲の楽しそうな光景を見て、ふと不思議な気持に襲われたんです。何か自分が別世界に紛れ込んだような不思議な感覚でした。その時、突然気がついたのです。十年前、この国は戦争をしていたのだと。
周囲で笑っている父親たちは全員、かつては銃を持った兵士たちでした。中国で戦い、仏印で戦い、南太平洋の島々で戦った兵士たちだったのだと。
今はみんな会社員や商売人として日々家族のために懸命に働いているが、十年前はみんなお国のために命をけて戦っていた男たちだったのだと。
その時、突然、宮部さんのことを思い出したのです。宮部さんも生きていれば、こんなふうに子供と一緒に運動会に参加出来たのだ。海軍航空兵でもなく零戦の搭乗員でもなく、ただ一人の優しい父親として、娘が校庭を走る姿に声援を送っていたのだ、と ──。
いや、それは一人宮部さんだけではりません。ガダルカナルの白兵戦で撃たれ、インパールのジャングルで斃れ、あるいは戦艦大和と共に沈んだ将兵たち ── あの戦争で亡くなった大勢の男たちは皆この幸せを奪われたんです。
わたしは涙が止まらなくなってしまいました。家内が不思議そうな顔をしていましたが、何も言いませんでした。
わたしは立ち上がって、校庭の端まで歩きました。後ろからは、子供たちの楽しそうな歓声が響いてきます。それがまたわたしの胸を打ちました。
わたしは大きなケヤキのそばにしゃがみ込み、そこで泣きました。

さっきからぼくの隣で姉が鼻をすすっていた。ぼくもまた体が強張こわばっていた。
しばらく沈黙があったあと、永井は言った。
「十八年の暮になると、ラバウルはもはや基地として成り立たなくなり、搭乗員たちは全員、引き揚げました。残されたわたしたちには、アメリカ軍を迎え撃つ航空機もありません。われわれは毎日トンネルを掘り、来るべき地上戦に備えました。しかしアメリカ軍はラバウルなどには目もくれずに、一気にサイパンに向かったんです。
あの時、米軍がラバウルを攻めていたら、わたしの命もなかったでしょうな。補給路を断たれたラバウルは日米双方から忘れられた島になったんです。わたしは終戦までラバウルにいましたが、そこでの暮しは本当に大変でした ──」
ぼくは頷くだけで精一杯だった。永井は続けた。
「しかし好運にも命を長らえることが出来ました。わたしは戦後、一所懸命に働きました。生きて帰った喜びは、働くことの喜びを教えてくれたのです。わたしだけではありません。多くの男たちが生きることの幸せと働くことの幸せを心からみしめたことと思いますな。いや、男だけではない、女も同じやと思います」
永井は一言一言噛みしめるように言った。
「日本は戦後、素晴らしい復興を遂げました。でもね佐伯さん、それは生きること、働くこと、そして家族を養うことの喜びにあふれた男たちがいたからこそやと思います。ほんで、この幸せは、宮部さんのような男たちが尊い血を流したからやと思います」
永井はそう言って、涙をぬぐった。
ぼくも姉も言葉を失っていた。部屋に沈黙が流れた。
「ただ一つ、気になることがあります」
永井はふと気づいたように言った。
何ですか、というぼくの問いに、彼は腕組みしながら答えた。
「宮部さんは何よりも命を大切にする人でした。たとえ臆病者とののしられようとも、生き延びるん道を選んだ人ですわ。そんな人が ──」
永井は少し首をかしげた。
「なんで、特攻に志願したのか。不思議と言えば不思議です」
2024/11/16
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