~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅵ』 ~ ~

 
== 『 永 遠 の 0』 ==
著 者:百田 尚樹
発 行 所:㈱ 講 談 社
 
 
 
 
 
狂 気 (四)
十九年の初め、わしは比島に配属となり、空母「瑞鶴ずいかく」の搭乗員となった。比島というのはフィリピンのことだ。「瑞鶴」は真珠湾から戦い続けている艦だった。珊瑚海で空母「レキシントン」を沈め、南太平洋で空母「ホーネット」を沈めていた。そして自らは一度も被害を受けたことがない武運に恵まれた艦だ。わしは「瑞鶴」乗組になった時、ついていると感じた。この艦に乗っていれば、今度も生き延びることが出来るかも知れないと思ったのだ。兵隊というのは存外ゲンを担ぐものなのだ。
各基地から空母の乗員として多くの搭乗員がかき集められていた。
わしはそこで思わぬ男と再会した ── 宮部だ。
お互いに大いに驚いた。その頃はもう日中戦争からの生き残りはほとんど戦死していたから、古い戦友に巡会えただけで、本当に嬉しかった。
宮部とは別に仲がいいわけではなかったが、今、こうして再会すると、かけがえのない旧友と巡り会えた喜びを感じた。宮部もそう感じたようだった。
「お前、生きていたのか」
「谷川さんもご無事で」
と宮部は言った。
「よせよ、同年兵でそんな言い方は、俺が話しにくい。俺、お前でいこう」
宮部はにこりと笑った。十年にわたる海軍生活で二人とも階級は飛曹長になっていた。准士官だ。
「わかったよ、谷川」
二人は互にそれまでどこでどうやって戦ってきたのか何も語らなかったが、今日まで生き残ることがどれほど大変なことだったかは二人ともわかっていた。
「今度は総力戦だな」
とわしは言った。
「きつい戦いになるだろうな」
「今度こそ、死ぬかも知れんな」
わしの言葉に、宮部は口を引き締めた。
2024/11/24
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