わしが母艦に帰ると、味方空母は一隻しかない。「大鳳」と「翔鶴」の姿がないのだ。攻撃機はまだ来ていないはずなのに。
わしは「瑞鶴」に着艦して、飛行長に戦闘報告に行った。
敵戦闘機の邀撃によいって多くの攻撃機が失われ、また自分の見るところは敵機動部隊への戦果は、ほとんどなかったことを伝えた。
飛行長はそれを聞くと、そうかと言ったきり黙ってしまった。
わしは報告を終えた後、乗員に「大鳳」と「翔鶴」のことを尋ねた。すると二隻の空母は敵潜水艦の雷撃で沈められたというではないか。全身の力がいっぺんに抜けてしまった。こちらの全戦力を傾けた攻撃が不発に終わったその間に、我が方の空母が二隻も沈められるとは ──。
大負けだ、と思った。
しばらくして、一機の零戦が戻って来た。宮部だった。列機は連れていなかった。あの空戦で、列機を連れて帰るなど出来るものではない。宮部機も何発も被弾していた。飛行機から降り立った宮部も疲れ切っていた。
戦闘報告を終えた宮部はわしを見ると驚いたようだった。それから目で「よく生き延びたな」と言うのがわかった。
二人は搭乗員控え室に入った。その部屋はがらんとしていた。今日出撃したほとんどの搭乗員が戻らなかったのだ。
「大勢喰われたな」
とわしは言った。
「多分、電探だな。敵の電探は相当すぐれたものになっているみたいだ」宮部は答えた。
「敵さんにはたどり着けたか」
宮部は頷いた。
「すると、あれを見たか?」
宮部はちょと間を置いて答えた・「見た」
「戦闘報告で言ったか?」
「一応、伝えたが、飛行長も幕僚たちも、ああ、そうかという感じだった」
「俺もそうだ。一所懸命に報告したが、まともに取り合ってもらえなかった」
「見た者でなければわかってもらえないだろう」
「あれは、一体何だ?」
宮部は首を振った。
「何かわからんが、とんでもなく恐ろしいものだというのはわかる ──。もう敵空母を沈めることなんか出来ないかも知れない」
二人が話していたのは、敵の対空砲火のことだった。ものすごい確率で爆撃機に命中するのだ。それはもう信じられないほどだった。何かとんでもない新兵器が出て来たのかも知れないと思った」
二人の推測は当たっていた。」
その秘密兵器は「近接信管」と呼ばれるものだった。「マジックヒューズ」とか「VTヒューズ」という渾名を持つこの信管は、砲弾の先が小型レーダーになっていて砲弾の周囲何十メートルか以内に航空機が入ると、その瞬間信管が作動して爆発するという恐ろしい兵器だった。
これらもすべて戦後何十年も経ってから知った。米軍はこの「VTヒューズ」の開発にマンハッタン計画と同じくらいに金をかけたという。マンハッタン計画とは原爆の開発計画だ。
それを知った時、米軍と日本軍の思想はまったく違うものだったのだと知ったのだ。
「VTヒューズ」は言ってみれば防御兵器だ。敵の攻撃からいかに味方を守るかという兵器だ。日本軍にはまったくない発想だ。日本軍はいかに敵を攻撃するかばかりを考えて兵器を作っていた。その最たるものが戦闘機だ。やたらと長大な航続距離、素晴らしい空戦性能、それに強力な二十ミリ機銃、しかしながら防御は皆無 ──。
「思想」が根本から違っていたのだ。日本軍には最初から徹底した人命軽視の思想が貫かれていた。そしてこれがのちの特攻につながっていったに違いない。
日本軍は、当時この「VTヒューズ」のことはまったく気づいていなかった。だが生き残った彗星艦爆隊の連中は本能的に「VTヒューズ」の仕組みを知ったようだった。
「突然、目の前で爆発するんだ。砲弾が俺たちの近くに来ると爆発する仕掛けか何かがあるようだ」
これは帰還した彗星艦爆のある操縦員がわしに言った言葉だ。彼は真珠湾以来の生き残りの艦爆乗りだった。それだけに言葉に重みがあった。
しかし参謀たちは、前線の搭乗員たちがいくら言おうと、謎の新兵器の存在を信じようとはしなかった。ただ対空砲火の数を増やしたのだろうというくらいにしか考えなかったようだ。もっとも仮に「VTヒューズ」のことを知ったとしても効果的な対策が練られたとも思えない。
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