祖師ヶ谷の奥は、まだ畑が多い。久保田という家も、すぐ隣がかなり広い畑になっており、その先がまた寂しい住宅街につづいていた。
今西が会うと、久保田保雄というひとは、五十ぐらいの、人のよさそうな男だった。
「なにしろ。私の方も驚きましたね」
久保田氏は刑事の質問に答えた。
「あれは、夜中の十二時近くでしたが、突然、裏の離れから医者がこちらに声をかけましてね。越して来たばかりの女が死にかかっている、と言うんです。驚いて行ってみると、もう、本人は虫の息でした」
「すると、あなたが、呼んだわけではないんですね?」
「そうなんです。私が呼んだわけではないのに、だれか医者に電話を掛けて、知らせたらしいですな」
「ちょっとお尋ねします。この家の裏を借りたのは、当人が直接来て頼んだのですか?」
「ない、本人が来ました。私の方は裏の離れのことを、すぐ近くの、駅前の、不動産屋に頼んでおきましたからね。そこで聞いて来た、と言うんです」
「なるほど」
「私も、まさか、こんなことになろうとは思いませんでしたから。女ひとりだというので、そうういるさくもなし、いい人だと、喜んで契約をしました」
「本人は、バーの女給をしているということを言っていましたか?」
「いや、その時は言わなかったのです。なんでも、昼間は洋裁学校にでも通いたい、と言っているくらいでしたから、女給さんとはまさか気がつきませんでした。あの部屋を、亡くなったあとで見たとき、当人の荷物からバーのマッチが出ましたのでね。それで、昨夜、そっちに連絡したんです」
「当人が荷物を運んで来た時は、どういう様子でしたか?」
「それが、実はよくわからないんです。荷物を運び入れたのは、一昨日の夜でしてね。私の家は、ご承知のように、裏から直接あの離れに出入りするようにできています。
オート三輪車の音や、荷物を入れる気配はしていましたが、夜のことですし、私も、つい、大儀になって、見にいきませんでした」
「荷物、何回ぐらいに運びましたか?」
「そうですね。オート三輪車の音は二度往復したようでしたから、二回じゃなかったでしょうか」
この二回は、山代運送店の店員の言った言葉と合っていた。時刻もほぼ一致している。
「当人が部屋を約束した日は、荷物を入れた日と同じですか?」
「そうなんです。朝、本人のあの女が来ましてね。その晩、すぐに移転がはしまったんです」
「だれか、移転の時に、手伝っているような声はしませんでしたか?」
「私のほうは、ごらんになってもわかるとおり、この母屋と離れとの間には、庭がありましてね。それに、雨戸を閉めますと、いよいよ、裏の方は声が聞こえなくなるのです。そんなわけで、残念ながら、運送屋のほかに手伝いの人が来ていたかどうか、気がつきませんでした」
今西栄太郎はその裏座敷というのを見せてもらった。
死体はすでに取り片づけられている。
「警察の方で、死体を持っていってくださったので、実は、ほっとしましたよ」
今西の横についてきた案内役の家主は言った。
「引取り人がいつまでも来ないので、このまま置かれたら、どうなるかと思っていたんです」
今西は、まだそこに置かれてある恵美子の遺留品を眺めた。整理ダンス、洋服ダンス、鏡台、机、トランク、まだ縄の解かれていない行李・・・・。
彼は行李以外のものは、戸をあけたり、引出しを抜いたりして、一応ざっと目を通した。別に新しい発見はなかった。
移ってから一晩を過ごしたというだけで、ほとんど片づけられていない。
「布団は血まみれになってしまったので、仕方がないからこれは畳んでムシロで覆い、裏の物置小屋に突っ込んでありますよ。早くあれもなんとかしたいものですね」
家主は思わぬ迷惑に参っている。
「死体の解剖が終わると、どうなるんでしょう?」
と、彼は今西に聞いた。
「さあ、引取り人が来ないとなると、共同墓地に埋葬するよりほかしようがないでしょうね」
「荷物はどうなるのでしょうか?」
「それは、警察の方でなんとか指示があるでしょう。もうしばらく、ご辛抱ください」
今西は靴をはいた。
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