「まだ若い人だし、男前だってそう悪くないし、あれほどの収入と、世間的な名前があるのですから、恋人のない方がふしぎでしょう」
ワンタンの丼の最後の汁をすって、中村トヨは口のあたりをハンカチでぬぐった。
「それでは、女はいるんですか?」
今西栄太郎は、体を前屈みにさせた。
「わたしは、あると思いますね」
「関川さんは、女の人を自分の家に連れてこないのですか?」
「ええ、それは一度もありません」
「では、恋人があるとどうしてわかるのですか?」
「ときどき、電話がかかって来るんです」
「あなたはそれを聞いたことがあるんですか?」
「電話は二つあって、関川さんの部屋に切り換えるようになっています。向うからかかって来る電話を、たびたび、聞いたことがありますわ。まだ若い人らしく、いい声ですよ」
「なるほど、名前は?」
「いつも名前は言いません。関川さんに取り次いでくれたら、すぐわかるというのです。ですから、普通の間柄ではないと思います」
「なるほどね。で、最近はかかってきましたか?」
「いいえ、聞きません。そういえば、ここんとこ、ちょっと途切れているようですねえ。もっとも、その電話はしじゅうかかってくるわけではありません。そうですね、月に二三回というところでしょうか」
「それはまた、少ないですな。あなたは、その関川さんと、その女とが電話で話しているところを、聞いたことがありますか?」
「それはないです。いつも、関川さんが書斎で聞いていますからね」
「しかし、何か素振りでわかるでしょう。たとえば、深い関係にある相手とか、そうでない、ただの女友だちだかは?」
「わたしは、かなり深い間柄ではないかと思いますよ。でも、これはわたしの想像ですよ。たしかなことはわかりません」
「電話がかかってくる女の声というのは、そのひと一人ですか?」
「いいえ、一人ではありません」
「なに、一人ではない?」
「ええ、それは何人かあります。でも、それは関川さんのお仕事の関係らしく、わたしの前でも平気で話しています。ただ、絶対に書斎で話すのが、その女のひと一人です。もっとも前のことはわかりませんがね」
「・・・・」
「そういうことが、縁談のさしさわりに、なるんでしょうか?」
中村トヨは、少し心配そうな顔をした。
「いや、それは適当に先方に言っておきましょう。その女とはもう関係がないでしょうから」
今西はうっかり口をすべらせた。
「あら、どうして、あなた、そんなことがわかりますの?」
中村トヨは、びっくりしたような顔をした。
「いや、なんとなくそんな気がするだけです。そうそう、もう一つ、たずねたいことがありますよ」
今西は茶を飲んで言った。
「今月の六日の晩には、関川さんは家にいましたか、それとも外に出ていましたか?」
「六日ですって。五日前ですね。さあ、どうだったかしら・・・。なにしろ、わたしは、あの家には、夜の八時かぎりで帰りますからね」
中村トヨは答えた。
「そのあとのことはわかりません。けれど、六日の日というと、関川さんは、確か、わたしが帰るより二時間ぐらい前に、外出したと思いますよ」
「どうして、それがわかりますか。いや、六日という日づけが、はっきりしているんですか?」
「その日は、わたしの嫁の親が来ましたからね。息子夫婦が、今日は早く帰ってくれ、と言ったので、その日を覚えていますよ」
「ああ、そうですか。では、六日の午後六時ごろから関川さんは確実に家を出たわけですね?」
「そうです。そんなことまで、あなたの調査に必要なんですか?」
中村トヨは、だんだん、うんさくさそうな顔になった。
「いや、ちょっと、気がかりなことがあったので、おたずねしたのです。しかし、何でもないことですよ。ところで、あなたは」
今西栄太郎は話を替えた。
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