今西栄太郎は、支払いをすませて旅館を出た。
しかし、まっすぐ駅に行くのではなく、そのまま映画館に向かった。
映画館は、商店街の中にある。表には、けばけばしい絵看板があかっれいる。時代ものを二つやっている。
モギリ嬢に、支配人に会いたい、と言って名刺を出すと、奥に案内してくれた。
館の暗い裏側にまわると閉め切った部屋がある。ドアをあけると、だだっ広いところで、職人が次に上映される映画の看板をドロ絵具で描いていた。支配人というのは、手を後ろに組んで立って見ていたが、今西の名刺を見ると、愛想よく迎えた。
「つかぬことをうかがいますが、五月九日の上映映画は何だったかわかるでしょう?」
今西はさっそく聞いた。
「五月九日の上映映画ですって?」
支配人は、東京の刑事が唐突なことを聞いたので、おどろいて言った。
「ええ、その映画の題名を知りたいのです」
今西は言った。
「ははあ、それが、なにか事件にでも関係があるのですか?」
「いや、ちょっと参考までに知りたいだけです。すぐわかりますか?」
「調べれば、わけはありませんよ」
支配人は今西を連れて、その部屋を出た。
今度は映写室の近くの事務室だった。壁には、映画のポスターがべたべたと貼られ、机の上には書類が乱雑に置かれてある。若い男が、一人で帳面を見てソロバンをはじいていた。
「おい、九月九日のうちのコヤにかかっていた写真は何だったかな。調べてくれんか」
若い男は目の前の帳簿を抜き取った。
ページを繰っていたが、それはすぐにわかった。
「一つは『利根の風景』それから『男の爆発』です」
「お聞きのとおりですよ」
と支配人横か今西に言った。
「一つは時代劇、一つは現代劇です」
「どこの映画ですか?」
「うちは南映映画専属ですから、どちらも南映の作品です」
「すみませんんが、その映画のパンフレットといいますか、役者の名前の出ていものはありませんか?」
「もう、だいぶ前の写真ですから、あるかどうか。ちょっと、その辺を見させましょう」
支配人は若い男に命じた。
若い男は、机の引出しや隅の棚などを探していたが、幾つも重なったポスター類の下か、一枚の紙を抜き出してきた。
「やっとありましたよ」
支配人はパンフレットを受け取って、今西に手わたした。
「これがキャストです」
「どうも」
『利根の風雲』も『男の爆発』も、今の人気俳優が主演している。端役以下つまらない脇役でも、かなり役者名が出ていた。たとえば「女中あABC」にも、丁寧に配役が書かれてある。
「この映画は、いま、どこかでやっていませんか?」
今西は、パンフレットをていねいに畳んで、ピケットに入れた。
「そうですね。ずいぶん、前のことですから、再映専門館でも、もう、やっていないでしょうな」
「そういう場合は、フィルムは会社の方に還るんですか?」
「そうです。用がすめば会社に送りつけます。その映画も会社の倉庫にあるでしょうね」
「どうもありがとう」
今西は頭を下げた。
「あ、それだけでいいんですか。もしもし、その映画に何か事件がからんでいるんですか?」
そのときはもう、今西の背中は、事務室の外に出ていた。 |