今西栄太郎が東京に帰ってからの仕事は、映画会社と交渉することだった。
銀座にある南映映画会社の企画部に、彼は何度も足を運んだ。
「男の爆発」と「利根の風雲」、それに、伊勢で調べてもらったその時のニュース映画も一緒に映写して見せてくれ、というのが今西の頼みfだった。
映画会社は気軽には引き受けなかった。フィルムは倉庫にあるから取り出すのはわけはないが、映写は、ちょと困るというのである。
試写室は、いつも、ふさがっている。
週に二回、新作映画ができるので、絶えず人を招いて試写会をやっている。それで、たった一人のために、二本もの映画、三時間半もかけて映写するのは困るというのだった。
「いったい、そんな映画が何か犯罪の参考になるのですか?」
先方は聞いた。
「参考というわけではないが、ある事情で、ぜひ、見せてもらいたいのです。映画館にかかっていれば、むろんそっちの方に行きますが、どこのコヤもやっていないので、あなたの方に頼むよりほかないのですよ。捜査に直接関係があるわけではないのですが、ぜひ、拝見したいのです」
今西は理由をはっきりと言えない。そこが辛かった。
警視庁の方から、正式に公文書か何かで申し込めばわけはないだろうが、今西としては、そこまで上司に上申できなかった。いわば、彼の思いつきだから、できるなら、自分個人で映画会社の好意を得たかった。
「では、そのうち、映写室が空いたから、お知らせしますよ」
先方はそこまでは言ってくれた。
だが、そう約束しても、容易にはその知らせがなかった。今西は、いらいらしながら三四日待った。
そのうち頼んだ係りの人から電話がかかってきた。
「今日の午後から、試写室の都合がつきますから、いらしてください」
今西は、すぐに飛んで行った。
南映映画会社の試写室は、ある劇場の地下室になっている。
「どうも、お世話になります」
今西は、係りの人に礼を言った。
「やっと、空きましたのでね。まあ、ゆっくり見ていってください」
今西は、五六十人はたっぷりすわれる観客席のまん中に、たった一人でぽつんと坐った。
いつもは、批評家や新聞記者などの関係者を招んで、ほとんどいっぱいになるこの試写室が、今日は今西ひとりのために映画を写すのである。彼も気の毒でなならなかった。
映画がはじまった。
いつもの映画館で見るのと違い、ここでは画面の広さが半分ぐらいだった。それでも、映画館で見る以上に声や音楽が澄んでいる。
まず最初はニュースだった。政治のトピックからはじまって社会ダネとなり、ひどい交通地獄の風景から、新しくできたローカリ線の開通風景などが次々と写され、やがてスポーツ・トピックスとなって終わった。次は時代劇『利根の風雲』である。何でもそれは利根川をはさんで博徒同士の喧嘩だった。飯岡助雄郎一派と笹川繁蔵の一派とが、派手な出入りをやり、その間に平手造酒が活躍する。
今西は目を皿のようにして、またたきもしないで画面の流れを見つめた。むろん、筋のおもしろさからではない。彼はどんな端役でも、出て来る人物にお対して凝視を怠らなかった。
『利根の風雲』は一時間半ですんだ。
終わり、という字が出て、場内は明るくなった。
画面が古いので、雨が降っている。今西は、画面に出て来るどんなつまらない人物でも、たとえば三下子分でも、通行人でも、捕手の一人でも、彼は真剣な注視を休まなかった。
そのため、映写が終わると、ひどく目が疲れていた。一つは、その映画に何の収穫もなかったからである。
五分ばかり休憩すると、
「次のを写します」
と、映写係が言ってきた。
「おねがいします」
今西栄太郎は、座席にすわり直した。 |