── おもしろくない記事だ。どっちみち、目を漫然と活字に当てているだけで、耳には妹たちの話し声が聞こえている。
「映画も、ホンモノよりは予告編のほうがおもしろいわね」
妻が言っていた。
「そうよ。だって、予告編は、あとから客を呼ぶために面白いところだけを編集しているんですもの」
妹が言った。
「今夜見予告編も、ずいぶん、おもしろそうだったじゃない?」
「そうね」
今西は、新聞を捨てた。
「おい。映画館では、予告編を必ず上映するのか?」
「そのときの予告編ですね?」
翌日、今西栄太郎が映画会社に訪ねて行くと、顔なじみになった係りの人が、あまり嫌な顔もせずに帳簿を繰って調べてくれた。
「ああ、やっていますね。次週封切りの予告と予報と二つあります」
「予報というのは何ですか?」
「つまり、大作があると、それを一ヶ月ぐらい前から景気づけに宣伝するわけですね。次週封切り予告というのは、文字どおり次の週にかかるのを予告するやつです」
係りの人は説明した。
「次週封切りは何でしかか?」
「『はるかなる地平線』です。現代劇ですがね」
「予報のほうは?」
「それは外国映画になったいます」
「外国映画?」
それなら問題にならない。
「その画面には、日本人は一人も出ないわけですね」
今西は念を押した。
「もちろんせす。アメリカの映画ですから、向うのシーンばかりしか出てきません・・・もっとも、その前に、東京でロードショウをやったときのスナップがくっついています。なにしろ、評判の大作ですから。ロードショウのときには、宮さまなどお揃いでこれを見ていますからね」
{ははあ、そういうのが、予告編に写っているわけですね」
「そうです」
「たびたび申しかねますが、それを見せていただけませんか?」
「さあ」
係りの者は当惑そうに首をかしげた。
「予告編は、そういつまでもフィルムは倉庫にありませんからね。いま残っていますかどうか、調べないとわかりませんよ」
「すると、一定の期間がくると、そのフィルムは廃品にしてしまうのですか?」
「そうです。そうでなくても、倉庫がフィルムでいっぱいですかRたね。機嫌がくると、どんどん処分していきます」
「その処分というのは、どうなさるんですか?」
「フィルムをズタズタに切って、屑屋に売りはらうんです。われわれは、この作業をジャックと呼んでいますがね」
「では、それを調べてくれませんか?」
係りの者は、フィルム倉庫に行っても、すぐにわかるというわけにはいかないから、あと一時間ぐらいして来てみてくれ、と言った。 |