~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 砂 の 器 (下)』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
糸 (七)
今西は浦田警察署に行った。
吉村は刑事部屋にいたが、今西の顔を見ると、すぐに一緒に外に出た。
「署でお茶を飲んでもいいんですかね。どうも、ほかの連中の目があって、ゆっくり話しが出来ません」
警察署の筋向いに、小さい喫茶店があるので、そこに入った。
「お帰んなさい」
吉村は今西に突然言った。今西が伊勢から帰ってから初めてなのだ。
「どうでした、向うは?」
「いや、実は、それを話そうと思ってね」
ここで、今西は今までの経過を詳しく話した。
「そんな具合で、あれから帰って以来、カラまわりばかりしている。問題は、三木謙一が何を見て動かされたかだ。これは結局、外国映画の予報編しか考えられないのだ。ところが、こいつは映画会社で、もうフィルムを処分したそうだ。君がその予報編を見ていたら、どんな内容だったか、思い出して話してくれないかね?」
「そうですね」
吉村は腕を組んだ。
「だいぶん前のことですから、ほとんど忘れましたが・・・。予報編ですから、やはり、映画の内容の紹介が中心でしたよ。場面場面を編集したやつです」
「東京の¥ロードショウ風景があったそうだな?」
「ありましたよ。宮さまがご夫妻お揃いでその映画を見にきていて、盛んにそれが写っていましたよ」
「そのほか、どういう場面があった? 映画以外の話しだが」
「そのほかは・・・」
吉村は、一生懸命、思い出すように下を向いていた。
「名士など出ていなかったかい? 会場風景といったようなところで・・・」
今西は暗示を与えるようにした。
「ありました、ありました」
吉村はたちまち、顔を起こした。
「そんなスナップが確かにありましたね。だれといって憶えていませんが」
「きみ、その中に例のヌーボー・グループの連中は写っていなかったかい?」
「待ってください。今それを考えているところです」
吉村は、もう一度、首をうなだれた。
「・・・いろいろ、出ていました。小説家だとか、監督だとか、日本のスターだとか・・・」
彼はひとりごとのように、ゆっくり言っていたが、
「ヌーボー・グループという言葉はなかったんですが、どうも出ていたような気もします。若い芸術家というのがしきりとあったようにも思います。なにしろ、そのときは気にもとめないで見ていたので、どうも記憶が曖昧なんです」
「そうか」
吉村は記憶がはっきりしていないという。やはり、本物のフィルムを見るほかはない。だが、それは処分されて、ふたたび見ることは不可能なのだ。
しかし、今西は吉村の話しでだいたいの見当はついたと思った。
よろしい、その画面にはヌーボー・グループが出ていたと仮定そておこう。三木謙一は、その連中のある人物の顔を見て、急に東京に行く決心になったのだ。
問題は、その顔がヌーボー・グループのだれかということである。
2025/06/20
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