今西栄太郎は、伊勢警察署からの回答を待った。
手紙は一日で先方に着くであろう。それから調査がはじまるが。、それは簡単にすむことだ。しかし、向うも忙しいから、あるいは二三日放っておくかも知れない。それから手紙が来るとなると、四五日かかる。
今西は、そんなことまで計算して首を長くしていた。
すると、返事はわりに早く来た。問合せの手紙を出してから四日目だった。
今西は、何をおいても先にその封を切った。 |
「ご照会の件でご回答申し上げます。
お尋ねの映画館は、旭館です。館主は田所市之助といい、年齢四十九歳です。
田所氏から従業員に聞いてもらいましたが、ご照会のような人物に会った者もなければ、会話を交した者もないと言っております。
なお、当日は、たしかにご指摘のような劇映画二つと、次週封切り映画と、『世紀の道』予報編を上映しています。それ以外は、短編映画もPR映画も上映しておりません。
田所氏も、当日、三木氏に会った覚えはない、と言っております。
田所氏は、古くから伊勢市に居住している人で、一介の映画従業員から今日をたたき上げた立志伝中の人物であります。現在、一男一女があります。出身は、福島県二本松市近くの××村です。しかし、青年期に郷里を飛び出して以来、当市に住みついております。
右簡単ながらご報告いたします」 |
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これで、いよいよ、三木謙一が映画館に二度入ったのは、いかなる人物にも、会うためではないことがわかった。
すると、やはり、あの四つの映画だろうか。
いやいや、そんなはずはない。何かほかにある。何か別なものを三木謙一は見ている。
でなければ、二度も入ることはないし、それがすんですぐに予定を変更して上京することもないのだ。
彼を死の東京に呼び寄せたのは、何であろうか。
今西は、せっかく伊勢警察署からの回答をもらったが、この限りでは何の解決もつかなかった。かえって困惑が深まるばかりである。
今西は考え込んだ。
すると、横では若い刑事が被疑者を尋問していた。
「いま、どこにいる?」
被疑者は三十五六ぐらいの、蒼い顔をした、痩せた男だった。若い刑事の前に顔をうなだれている。
「深川の方の百円宿に泊まっています」
「名前をもう一度いってごらん」
「笹岡春夫です」
「原籍は?」
「福岡県宗像郡津屋崎町××番地です」
「現在もそこに戸籍があるんだね? こちらに本籍地を引いているいようなことはないね?」
「ございません」
戸籍という言葉が耳に入ったので、今西栄太郎は思わず隣りを見た。若い被疑者は、申しわけなさそうに肩を落としてうなだれている。
「前科は?」
今西栄太郎は、押し売りが入ったあの家のことが、なだ気にかかっている。
彼は、その家に自分が確かめにいくことも考えないではなかった。
押し売り二人までもがその家の玄関で妙な気分になった。しかし、交番巡査は何のこともなくすんだ ──。
しかし、今西が行くにはちょと困ることがある。彼の顔を先方に知られるからだ。
当分、こちらのメン(顔)をんだ割りたくない。それは、吉村も同様だった。ああとでどういうことになるかわからないのだ。そのためには先方に早くから人相を覚えられては困る。
「君は二犯だね。今度も窃盗罪だな」
横で若い刑事が被疑者を調べていた。
「その家には、どこから入ったのだ?」
「裏から入りました」
「裏口からだな。戸締りがしてあっただろう?」
「ガラス戸でしたから、そこんところをローソクで焼き切りました。割れたガラスを静かにはずして手を中に差し入れ、内側から錠をはずしました」
「そこから入って、この台所に出たわけだな」
刑事は、見取り図を見て聞いていた。
「はい、そうです」
「それから、どうした?」
伊勢市の映画館の解決がつかない。三木謙一は、そこで上京の動機を何に求めたのだろうか。
今西の頭には、二つのことが交錯している。
「そこで出刃包丁を持ったの、どういうつもりだったのか?」
「つい、ふらふらとそんな気分になったのです。見ると台所の棚に出刃包丁がのっていたので、もし、騒がれた時は、これでおどかそうと思いました」
「それから、二階に上ったわけだな?」
「そうです」
「下は物色しなかったのか?」
「大切なものは二階にあると見当をつけたのです」
「それから、どうした?」
それから今西にもわからなくなったのsで、椅子から立ちあがった。ちょうど、退庁時間にもなっていた。彼は机の上を片づけた。
「お先に」
と、隣で被疑者を調べている刑事に言葉を残した。
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2025/07/07 |
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