とにかく、めでたい夜であった。田所重喜は来客に会うため、夫人を連れ退いた。
「さあ、ぼくらも、そろそろ失敬しようか」
やはり、関川が仲間の主導権を持っていた。
「まあ、いいじゃないか」
和賀英良の様子は、もう、この家の者になりきっている。
「いや、遅いから失敬するよ」
「あら、つまんないわ。もう少し話してよ」
佐和子が引きとめた。
「いや、われわれは早く帰った方がいいようだ」
片沢睦郎が、佐和子と和賀との顔を見くらべた。
「あんなことを言って、平気だわ」
「お父さま、お母さまに、よろしくおっしゃってください」
関川が皆を代表した。
「どうもご馳走になりました」
玄関まで和賀と佐知子が見送った。
今夜は、遅くまで玄関にあかるい灯が洩れていたし、門の扉もいっぱいに開かれていた。
前の道には、祝い客の自動車が並んでとまっている。
三人は、かたまって歩いた。
「さすがに、さかんなもんだな」
武辺が言った。
「うむ。ところで、和賀の奴、すっかりもう、聟気取りでいやがる」
片沢が舌打ちして言った。
夜の道には霧が立っていた。遠くの家が淡く滲んでいる。
「霧が濃いな。近ごろはよく霧がかかる」
関川重雄が関係のないことを呟いた。
関川、武辺、片沢の三人は、一緒のタクシーの乗って銀座に向かった。
「おれの知っているバーがある。これから飲み直そう」
劇作家の武辺豊一郎が誘った。画家の片沢睦郎はそれに賛成した。
「関川、君もどうだ」
「いや、おれはよすよ」
「どうしてだい?」
「用事を思い出したんだ。そうだ、運転手さん、有楽町のところでとめてくれ」
車は高速道路のガードをくぐったところで停まった。
「失敬」
関川重雄は、道に降りて友だちに手を振った。
「じゃあ、また」
車は走り出した。
「関川の奴、妙だな」
画家が劇作家に言った。
「どうして、あんなところに、一人で降りたんだろう。こんなおそい時間なのに、用事を思い出したもないもんだ」
十時を過ぎていた。
「あいつとしては、ちょっと、心平らかならざるものがあるんじゃないか」
「どうしてだい?」
「和賀今夜の様子を見て、ちょっとショックじゃなかったかな」
「うむ」
画家に、その言葉がわからなくもなかった。実は、劇作家も画家も、田所邸における和賀英良の姿が、何となく不快に圧迫してくる。
「しかし、あいつ、近ごろ、和賀とひどくいいぜ。今夜も上機嫌で、一人でしゃべっていたじゃないか」
「そこは、それ、人間さ」
画家は言った。
「ああいう場合は、かえって賑やかに振舞うものだ。そのあとで寂しくなるのが、人間の気持だろうな」
「よし、おれたちは飲もうよ」
劇作家が叫んだ。
「大いに酔っぱらおうよ」
── 関川重雄は車を降りてから一人で歩いていた。
しかし、急いでいる足ではなかった。用事があると言って、友だちと別れたのだが、さし当たって行く所のないといった恰好だった。
映画館がハネたのか、片側に往来の人が歩いている。
有楽町方面から銀座を見ると、ネオンの海だった。光が夜空にはじけている。
関川重雄は、賑やかな方には足を向けずに横に入った。
ぶらぶらと散歩しているように見えた。しかし、目を舗道の上に落とし、思案しているような様子でもあった。
明るい店の前に出た。
関川はパチンコ屋に入った。
「二百円ほどくれ」
玉を掌に抱えて台の前に立った。
親指でつぎつぎと弾いて、別に狙っている気もない目つきだった。音を立てて玉が流れ出て、そのまま取られても、いっこうにかまわないふうだった。ただ弾いているだけの作業だった。
どの横顔、この男らしくな寂し表情があった。 |