郵便物は若い刑事が、受付からこの部屋の分だけを運んで来る。
三時十五分、戸口に現れたその刑事と、今西の目とが合った。刑事は郵便物を小脇に抱えている。
「今西さん、来ていますよ」
刑事は片手に茶色の封筒を握っていた。
「よしきた」
今西は椅子からはねがった。
封筒には厚い紙が貼っている。痛めないようにその間に写真が挟んであった。その写真はキャビネぐらいの大きさだった。
彼は、写真に目をさらした。あたりの声も聞えなくなった。
画面には、六七人の人間が並んでいる。きれいな邸の庭先のようだった。
今西は、その記念写真に写っている人物の一人に焦点を集中させた。
彼はわき目もふらずに強い凝視をつづけていた。長い間だった。
キャビネだから、それぞれの人物の顔は小さい。
「君、虫メガネを貸してくれ」
彼は若い刑事に言った。刑事は直径七センチぐらいの拡大鏡を持って来た。
今西は、それを写真の顔の上に当てた。その一部分だけが今西の目に大きく迫って来た。
彼は身じろぎもしなかった。一種の感慨がそのあとから這い上がって来た。
── 三木謙一が見たのは、この写真だったのだ。
送って来たのはキャビネだが、おそらく、伊勢の旭館に掛かっていた時は、これが引き伸ばされて、四つ切りか、半截ぐらいにはなっていたことであろう。今西は、白い壁に額となって掛かっているこの写真想像した。
想像はもっと進む。
── 三木謙一は宿に泊まっていて、暇つぶしにこの映画館に入って来た。彼は観客席に行くつもりでこの額の前を通った。目がこお額に向いた。
三木謙一は何気なく写真を見た。館主が自慢で掛けているのだから、むろん、見物人にわかるような説明が添付されていたに違いな。
中央、田所重喜先生。その右横、同夫人。左隣、同令嬢。つづいて、令息・・・というように。
この時、三木謙一は、おそらく、ちょっと首をひねった程度で、この額の前を過ぎ、映画を見終わって外に出たと思う。
彼は、宿に帰って、ふと、また、この額のことを思い出した。いや、額の中に収められた写真の顔を思い出したのだ。
彼は首をひねった。何を彼は考えたか。
三木謙一は、もう一度、自分の目を確かめたかった。翌日、彼は映画を見るためではなく、実はその壁間に掛かっている写真を見るために、わざわざ料金を払ってふたたび入場した。
彼は、今度こそはとっくりと写真に見入ったに違いない。六七人写っているが、三木謙一の視点は、一人の顔にだけ凝集していた。
彼は写真に付いている説明書きをメモした。それはある人物の名前だった。
住所まで説明書きにはない。しかし、なくても、東京に訪ねていけばすぐわかるような人だった。
三木謙一は、すぐ帰郷する予定を変更した。上京を思い立った。
そもそも、三木謙一は、この世の思い出に、京都から奈良、伊勢とまわってきた人間だ。彼にとっても、もう一度、この世の名残に会っておきたい人物があった。それが写真の主だったのだ。
三木謙一は、朝早く東京に着いた。五月十一日のことである。彼は写真の人物の住所を何かの本で調べた。あるいは電話帳を繰って知ったのかも知れない。そうだ、彼は電話をかけたのだろう・・・・
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