三日目に吉村から中間報告があった。
「どうも、思うようにいきません」
吉村は暗い顔をいている。
「うちの捜査課長も、今西さんの話を聞いてひどく乗り気になったんです。あの事件は未解決のままになっているので、今まで後味の悪い思いをしていたのですね。また、専任の捜査班をつくりましたよ」
「それはありがたいな」
今西は満足だった。こちらがいくらやきもきしても、現地の警察署が不熱心だと成功はおぼつかない。」
「ただ新聞記者が何だろうと思ってざわつき始めたので、ちょっとやりにくいところもあります」
「新聞社の連中には、絶対に、知られないようにしてくれ」
「もちろん、そう努力しているのですが、連中は目が早いですからね。署内の空気が、ちょっとおかしいとなると、くっついて離れません。ぼくなんかにも、話せ話せと言って、しつこく食い下がるのです」
「困ったものだね」
今西は顔を曇らせた。
「いや、大丈夫です。何とか、ごまかいておりますから。それよりも今西さん、この調子では当分、手がかりがありませんよ」
「ぼくも、そう簡単に出るとは思わない」
「前に一度やった経験があるので、どうも見通しが暗いです。例の写真を持って、ぼくをはじめ三人で手分けして歩いているんですがね。各区域の受け持ち交番の巡査にも協力を頼んでいます」
「いま、どのあたりまで調査が進んでいる?」
「蒲田駅を中心にして、半径二キロ以内は、ほとんど完了しました」
「ご苦労だね」
今西は考えていたが、
「これは、ぼくのカンだが、犯人は蒲田駅より東側ということは考えられないね。やはり、北側か、西側が臭いような気がする」
今西はこの事件が起こった直後、犯人のアジトを、蒲田駅から出ている二つの私鉄、つまり、目蒲線と池上線の沿線と推定して、洗ったことがある。その時は徒労であった。
しかし、今でも、その二つの沿線は諦めていない。まだ未練が残っている。
「蒲田中心というとたいへん広いが、ぼくはこの二つの沿線の方が大事なような気がする。何キロという中心円を広げていくのも結構だが、この二つの沿線を重点にしてみたらどうかな?」
「今西さんは、はじめからそういう意見でしたね」
吉村もそれを知っていた。
「とにかく、やってみましょう。今日はあまりいい話ではないので、これで失礼しますよ」「そうか、とにかく、吉報を待っている」
「その間に、今西さんの方も、何かやられるんですか?」
吉村は、今西がぼんやりと待ってる男手ないことを知っている。
「まあね」
今西は微笑していた。
今西には、吉村とは別に、ちょとした仕事があった。
しかし、彼の最大の希望は、蒲田警察署が成瀬リエ子の前住所を突きとめてくれることだった。
今西にも、それが容易な調査ではないことはわかっている。すでに前回もやったことなのだ。その時に効果がなかったものが、時日のたった今、すぐに成果があがるとは思われない。
しかし、そのことがこの事件の解決の重大な鍵となっている。あの当時からみると、いろいろなことがわかっている。このデーターの集積は、かえって成瀬リエ子の前住所の重要性を増した。
吉村から、その後も中間報告があったが、やはり悲観的だった。
今西は自分の感じで、蒲田駅から出ている二つの私鉄、池上線と目蒲線の沿線に重点を置いている。吉村にもそう言っておいたが、吉村のその報告は今西の指示に忠実だった。しかし、やはり発見はないというのだ。
唯一の手がかりは、成瀬リエ子の写真一枚である。これを持って捜査員たちは走り回っているのだった。
もし、彼女が一人で生活していたとしたら、朝晩の出勤の途次や、近所の買物や、また、借りている部屋の家主などで、必ず顔を見知っている者がいなければならない。
調査の重点はそこに置かれていたのだが、今のところ、写真の彼女の顔を覚えている者は出て来ないというのである。
今西はいらいらした。
仕事の都合がつけば、彼は自分でその写真を持って一軒一軒訪ねまわりたいくらいだった。 |