~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 砂 の 器 (下)』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
航 跡 (十三)
「それはですな・・・」
防犯協会の人が説明を始めた。
「まず、その効果から先に話しますと、その装置をつければ、押し売りが自然と気持が悪くなり、こそこそと退散するとおうんですよ」
「え、それは本当ですか?」
「本当です」
話し手はうなずいた。
「それはまた妙案ですな。実際、そういう便利な装置があると、各家庭も助かりますね。心臓の強い押し売りが、気持が悪くなって逃げるというのがおもしろいじゃありませんか。どういう装置ですか、聞かせてください」
今西は、隣の方で押し売り撃退法というのを話しているのに、非常な興味を持った。
普通の撃退法ではない。何やら装置をして、押し売りを気持ち悪がらせというのだ。
これは、この間から目をつけている、あの家の出来事と、まったく同じではないか。そのために、わざわざ、吉村にわたりをつけてもらって、当の押し売りを呼んで話を聞いたくらいである。
それと全く同じ話が、いま、彼のすぐ横で行なわれていた。
今西は、コーヒーを飲みながら、耳に神経を集めた。
「その機械はですな」
と、防犯協会の人が言っていた。
「エレクトニクス押し売り撃退器というんですよ」
「エレクト・・・ははあ、名前からすると、電気じかけの装置ですか?」
「いや、電化ではないんです。つまり、それは、なんでも、高い音を出して、相手の気持ちを悪くさせる装置だそうですがね」
「高い音といいますと、隣近所にもわんわん響くでしょう?」
「いや、その高い音とは違います。理屈は、ぼくにもよくわかりませんが、音が鳴るというよりも、何か、体にじかに響いて、変な気持ちになるんだそうですよ」
「そういう機械を、どこかで作っているんですか?」
防犯課の一人が聞いた。
「いや、今は、ある技師が試作している状態ですかね。ですが、これが一般に普及すると、ちょいとした効果があがると思いますね」
あとの話は、そういうものがあれば、婦人が一人でいても、簡単に押し売りを退散さsることが出来るので、どんなにか便利だろう、ということで、雑談に流れてしまった。
今西は、隣の席が立ちあがるのをまった。
五分経って、一同は椅子から立った。
今西は、すばやく、顔見知りの防犯課の刑事をつかまてささやいた。
「いま、何というか押し売り撃退器の話をした人は、どういう方ですか?」
刑事は教えた。
「あれは、防犯協会の安広さんというんです。商売は自転車屋ですがね」
「すまないが、ぼくに紹介してもらえないだろうか。ちょっと、聞きたいことがあるんです」
「そう。いいですよ」
防犯課の刑事は、ちょうど、戸口の方にぞろぞろ歩いていく一行の一人をつかまえた。
そのひとは、今西も聞いている押し売り撃退器の話をした、背の低い、あから顔の男だった。
防犯課の刑事は、その人に今西を紹介した。
「わたしはこういう者です」
名刺を出して、
「いつもご協力を願って、ありがとうございます」
と、おじぎをした。
「いや、どういたしまして」
安広というひとも今西に名刺をくれた。
「実は、さっき、ちらと押し売り撃退器のお話をうかがったんですが、それについて、ぜひ、教えていただきたいのです」
今西は頼んだ。
2025/07/17
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